「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

アメリカのカレッジフットボールに挑戦している日本人について

2017 3/3 09:51ユタロー
アメフト
このエントリーをはてなブックマークに追加

Photo by Herbert Kratky/Shutterstock.com

これまで、日本人がプロアメリカンフットボール選手になるのはもちろんのこと、大学のカレッジフットボールの選手になることも不可能といわれていましたが、このたび初の日本人選手が誕生しました。 彼はどのような選手なのでしょうか。また、かつての挑戦者にはどのような選手がいたのでしょうか?

かつてアメリカの地で選手になったものはいなかった

アメフトの本場といえば、やはりアメリカでしょう。NFLはアメリカの中でも野球と同じかそれ以上に人気のあるスポーツで、スーパーボウルと呼ばれる決勝戦に至っては、アメリカ国内で祝日とされており、国を挙げてのお祭り騒ぎとなります。
日本にもアメフト文化はありますが、体格の差や人種の壁などにより、アメリカのプロリーグで戦おうと思っても不可能といわれてきました。それと同様にカレッジフットボールでも不可能といわれるほど難易度が高いとされており、実際に選手として出場した日本人はいませんでした。

庄島辰尭の存在

そんな中、日本人の庄島辰尭(しょうじま・たつあき)選手がカレッジフットボールの選手として出場するという快挙を果たしました。
庄島選手は、現在カリフォルニア大学のロサンゼルス校に在籍しています。アメフトファンでなくても、UCLAといえばアメフトの名門チームのある大学というイメージを持つことができるでしょう。
庄島選手は、9歳まで東京で生活して、以降はロサンゼルスで生活してきました。攻撃ラインの要であるセンターの選手であり、身長190cm、体重145kgと日本人ながらもきわめて恵まれた体格を持っているのです。

日本人初の快挙を達成した日は?

これまで誰も果たすことができなかった、アメリカのカレッジフットボールの選手として出場を果たした記念すべき日は、2016年9月10日です。
この日のネバダ大学ラスベガス校との試合において、途中出場を果たしました。しかし、42対21と大幅にリードした状態での交代だったので、勝ちを託されて出場したものではありません。しかし、今まではその土俵にも上ることができなかったことから、現地でもかなりの評価をされています。

かつて挑戦した日本人選手は?

これまでにもハーフの選手などがカレッジフットボールに挑戦することはありましたが、純粋な日本人でカレッジフットボールに挑戦した選手といえば、窪田豊彦選手が挙げられます。
窪田選手は、1993年の高校3年生の時に、独自でアメリカの大学に連絡をしてアメフトをするために渡米することを決意しました。インディアナ州のシカゴに近いバルパライソ大学へ進学し、2部で研鑽を続けました。唯一の日本人選手として紹介されたこともありましたが、脚を故障したことを受けて引退していました。引退後は帰国して、K-1に転身したことでも知られています。

NFL入りも夢ではない?

今まで誰もなしえなかった、カレッジフットボールでの本戦出場を果たした庄島選手ですが、夢のNFLへと進んでいくことはできるのでしょうか?アメフトファンであれば、かなり気になるところです。
現状では、勝ちが決まったような試合に出場したとみられています。しかし、これからの成長に期待されているからこそ、出場させてもらえたとも考えられます。庄島選手の今後の活躍次第では、NFL入りを果たすことも夢ではないのかもしれませんね。

まとめ

今回は、カレッジフットボールで日本人で初めて本戦出場をした庄島選手についてご紹介させていただきました。庄島選手のこれからの活躍や、将来的なNFL入りへの期待が高まりますね!ぜひ皆さんもこれからの庄島選手の動向に注目してみてはいかがでしょうか?

関連記事

おすすめの記事