「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

56年前の屈辱を晴らせるか日本柔道 小川雄勢、今、覚醒のとき

2018 5/12 12:00藤井一
小川雄勢,Ⓒゲッティイメージズ
このエントリーをはてなブックマークに追加

Ⓒゲッティイメージズ

悲願の全日本優勝はならず

4月29日に開催された全日本柔道選手権、小川雄勢は準決勝で苦戦していた。過去3回優勝の王子谷剛志に、序盤、出足払いで技ありを取られ、その後、必死に技をかけようとするも、防戦に終始した王子谷を攻め切ることができず、4分の試合時間が終了。王子谷の優勢勝ちとなる。

大器と言われていた小川が頭角を現したのは昨年11月の講道館杯全日本体重別選手権100㎏超級で初優勝してからである。暮れのグランドスラム東京の決勝では、リオデジャネイロオリンピック100㎏級金メダリストで100㎏超級に上げてきたチェコのクラパレクと戦い、ゴールデンスコア14分超えの死闘の末、勝利した。

今年4月7、8日に行われた全日本選抜体重別選手権では、日本のトップ2といってもいい王子谷剛志と原沢久喜を連破し、初優勝。また国内主要3大会に3連勝し、一気に評価を高めていた。
準決勝で敗れた小川の傍らで父直也氏は「全日本選抜体重別に勝ってから3週間で、もう一度、頭を切り替えて頂点を目指すのは大変。でも王子谷に技ありを取られたあと、攻め続けて内容的に圧倒したのは良かった。雄勢は発展途上だからね。楽しみは持ち越しってことで」と、2020年を見据えるように話した。

強化委員会の決定

個人戦に関しては、男女とも7階級に9人までと決められている世界選手権の代表。つまり2人代表を出せる階級は2つということだ。全日本選手権終了後、強化委員会はその1つを100㎏超級の小川に割り当てたのだ(100㎏超級のもう1人は全日本選手権優勝の原沢、60㎏級も2人が代表に選ばれている)。

決勝の原沢―王子谷戦、ゴールデンスコア9分を超す激しい戦いの末に敗れた王子谷は、しばらく立ち上がれないほどに消耗していた。強化委員会は、小川を選んだ理由として国内で開催された主要大会3連勝を強調していたが、小川の評価が王子谷より高かったのはこのあたりも考慮されていようだ。

原沢、王子谷、小川の3人を比較した場合、スタミナは間違いなく小川が1番だ。そして、早く、小川を本物の世界の舞台で戦わせたいと考えたとしても不思議ではない。
小川の柔道は奥襟を取って相手を追い詰めていくのが持ち味だが、技の出が遅い。しかし、相手から指導はもらいやすく(今のルールでは指導3つで反則勝ち)技のポイントがなくとも反則勝ちで勝ち上がっていく事が多い。そのため内容の物足りなさが指摘されてきた。

これが昨年から今年にかけてかなり改善され、全日本選手権ではさかんに内股で攻めるスタイルも出てきた。今後、さらに攻めのバリエーションを増やしていくことが求められる。

王者の矜持

世界の100㎏超級にはオリンピック2連覇、世界選手権10連覇中の絶対王者リネール(フランス)がいる。今回、小川とともに代表に選ばれた原沢がリオデジャネイロオリンピック決勝で敗れた相手でもある。

絶対王者という言葉でオールドファンが思い出すのは1964年、東京オリンピックの無差別級で優勝したヘーシンク(オランダ)ではないだろうか。ヘーシンクは東京オリンピックの10年近く前から講道館に毎年武者修行のために来日、徹底的に日本で柔道を学び、オリンピック前には世界選手権も制して名実ともに世界一の柔道家になっていた。

日本の悲願でもあったオリンピックでの柔道採用が決まったのは1964年。そこでヘーシンクは、無差別級の決勝で神永昭夫を袈裟固めに抑え込んで一本勝ちし、優勝を飾ったのだ。
当時は「日本は柔道の本家、負けるわけがない」と皆が思い込んでいたような時代だったこともあり、日本中が衝撃に包まれた。

しかしオリンピック開催前に、既に日本の柔道関係者は誰もヘーシンクには勝てないことを知っていたのだ。勝つとしたらそれはまさに奇跡、神風でも吹かない限りは倒せない壁、それほどヘーシンクの強さは抜きんでていたのだ。

ヘーシンクの凄さは単に強かったというだけではない。優勝を決めた直後、興奮して日本武道館の畳に土足で上がろうとしたオランダのマスコミ陣に向かい、大きく手を伸ばし「待て!」と制止したのだ。
「勝っておごらず、礼に始まり礼に終わる」の柔道精神の偉業を成し遂げた直後に示したヘーシンクの姿を見たとき、日本の柔道関係者は心から「負けた」と思ったそうだ。

56年前の屈辱を晴らすために

オリンピックの柔道は階級が細分化され、今は無差別級もなく女子も正式種目になった。そして、どの階級でも優勝するのは大変なことだ。
しかし無差別級がなくなった以上、多くの柔道関係者は口に出さずとも「最重量級である100㎏超級こそが本家日本が勝たねばならない階級である」と意識し自覚している。

ヘーシンクに抑え込まれたオリンピックから56年後となる2020年。東京オリンピックで日本の前に立ちふさがるであろう壁は、絶対王者リネールだ。彼に勝たない限り日本は、56年前の屈辱を晴らすことはできない。
2020年に照準を合わせるためリネールは、今年の9月に開催される世界選手権に出場しない。小川にはリネールのいない世界の舞台で最大限実力を出し切り、打倒リネールの急先鋒として名乗りを上げてほしいものだ。