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奇跡としか考えられない柔道のエピソード

2017 7/10 10:25くらげ
柔道
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Photo by sportpoint/Shutterstock.com

日本の国技である柔道。日本は柔道発祥の地として、数多の猛者を有する。そんな日本柔道界に起きた数々の奇跡。 バルセロナ、アテネ、リオデジャネイロの3つの五輪に関わる奇跡的な出来事を紹介する。

奇跡の逆転劇、横澤由貴さんのアテネ五輪

横澤由貴さんは柔道女子52kg級の元選手だ。横澤由貴さんがアテネ五輪の準決勝で奇跡としか思えないような試合を見せてくれた。
対戦相手はキューバのアマリリス・サボン選手、2003年に大阪で行われた世界選手権で金メダルの実績を持つ強敵で、横澤由貴選手は苦戦した。
試合残り45秒でサボン選手が有効を取り、そのまま試合が終わってしまうかというその時、ラスト1秒で横澤由貴選手の袖釣込腰(そでつりこみごし)が決まり、一本のまさに奇跡的な逆転勝利となったのだ。

柔道の奇跡、古賀稔彦さんのバルセロナ五輪

古賀稔彦さんは柔道男子71kg級の元オリンピック選手だ。古賀稔彦さんがバルセロナ五輪で見せた執念の戦いを知っているだろうか?
古賀稔彦選手はバルセロナ五輪直前、練習している最中に大怪我をしてしまう。それでも、五輪への執念か、怪我をさせた後輩に負い目を感じさせないためか、試合に出場することを決意する。
痛み止めの注射を12本も打ちながら数々の試合を勝ち抜いていく。当時のコーチ曰く、「なぜ試合に出られるのか不思議だ」という状態で出場していた。そして結果は奇跡の金メダルだった。

柔道の奇跡、吉田秀彦さんのバルセロナ五輪

バルセロナ五輪の奇跡はこれだけでは終わらない。怪我をしながらもバルセロナ五輪に出場し、見事柔道男子71kg級の金メダルに輝いた古賀稔彦さん。
五輪の直前で古賀稔彦選手が怪我をした時、実は練習相手になっていたのは古賀さんの後輩にあたる男子78kg級の吉田秀彦選手だった。誰のせいでもないとはいえ、吉田秀彦選手は「怪我をさせてしまった」と自責の念にかられたそうだ。
この気持ちを払拭させるかのように、吉田秀彦選手は全試合で一本勝ち、という奇跡を成し遂げる。そんな後輩の活躍を成し遂げさせた先輩後輩、2人の絆もまた奇跡と言えるのではないだろうか。

柔道の奇跡、井上康生監督率いる日本柔道の復活(1)

2016年のリオ五輪では男子日本柔道は東京五輪以来の全階級メダル獲得を成し遂げる。
その前の2012年のロンドン五輪では日本柔道男子、史上初のメダル0個、そこから4年で男子日本代表はどうやって復活したのだろうか?
それは、2012年11月に監督へ就任した100kg級の元選手、井上康生さんの力が大きい。
日本代表が弱体化した原因のひとつは、日本の伝統的な柔道にこだわり、世界の柔道に学ばなかったことだったと言われている。井上康生監督はそこを改革し見事復活させた。

柔道の奇跡、井上康生監督率いる日本柔道の復活(2)

井上康生監督は、JOCのスポーツ指導者海外研修員時代の2008~2011年、海外でヨーロッパの柔道について研究していた。そして監督に就任すると、世界の柔道に対応するため、ロシアやブラジル、沖縄角力など、他の格闘技を選手たちに体験させる。
また、ボディビルや栄養学の専門家を招き、科学的なトレーニングと食事、休養のバランスがとれたスケジュールを組む。
そして何より、井上康生監督自身が現役時代に怪我で苦労したため、選手との信頼関係がしっかりできていた。
井上康生監督の監督力が、日本柔道復活の奇跡に導いたのだ。

まとめ

バルセロナ、アテネ、リオと、日本の五輪柔道に奇跡と呼ばれる出来事があった。 アテネでは横澤由貴さんが奇跡と言われる逆転試合を見せてくれ、バルセロナでは古賀さんと吉田さんが驚異の執念と先輩後輩の絆がもたらした、2人の奇跡の金メダル獲得、リオでは井上監督の指導によって、ロンドンでのメダル0だったところから4年後全階級獲得、という日本柔道男子、奇跡の復活劇を見せてくれた。 さて、2020年の東京五輪ではどんな奇跡が起こるだろうか。楽しみだ。

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