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強すぎる井上尚弥、ライバルを求める孤独な旅はいつまで続く?

井上尚弥,Ⓒゲッティイメージズ

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統一戦1カ月前に「バトラーではワクワクしない」

ボクシングが1対1で闘うスポーツである以上、単純に言えば2人の実力が拮抗していた方が盛り上がる。レベルの高低にかかわらず、戦前から「どちらが勝つか分からない」と予想するのが難しい試合ならファンもより一層見たくなるというものだ。

世界バンタム級4団体統一王者・井上尚弥(29=大橋)にはライバルがいない。NHKで放送されたドキュメンタリー番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」でポール・バトラー戦の1カ月前に「強いやつとやりたい。バトラーではワクワクしない」と浮かない表情で話していた。

正式に試合が決まる前から井上の圧勝が予想された4団体統一戦。WBO王者が弱いわけでは決してないが、負ける要素が見当たらないゆえに、モチベーションが高まらなかった。4本目のベルトを奪うには戦うしかないとはいえ、実力差のある相手との試合に、心に隙間風が吹いたのだろう。

ともすれば集中力を欠いて調整に失敗したり、試合でラッキーパンチをもらったり、一発で逆転されることもあるボクシングでは重大なミスにつながりかねないが、そこはまさしくプロフェッショナルだ。残り3週間を切った頃には「試合をするのはやっぱり楽しみだと感じる」と集中力を取り戻し、充実感を漂わせていた。

実際のリングではご存じの通り、逃げ回るバトラーを一方的に攻めて11回にノックアウト。相手を挑発する余裕も見せながら改めて強さを見せつけた。

強い相手を求めてベルト返上

4団体統一した以上、バンタム級にとどまって防衛を重ねることも井上なら難しくないだろう。金を稼ぐならその方が手堅いはずだ。

しかし、井上はそれをしない。スーパーバンタム級に転向するのは減量が厳しいこともあるだろうが、より強い相手を求めているからだ。

これまで23戦して判定勝ちはたった3試合。日本ライトフライ級王者・田口良一に挑んだ試合(2013年8月)と、WBO世界スーパーフライ級王座2度目の防衛戦だったデビッド・カルモナ戦(2016年5月)、ワールドボクシングスーパーシリーズ(WBSS)決勝のノニト・ドネア戦(2019年11月)だ。

田口戦はプロ4戦目、カルモナ戦は10戦目とキャリア前半で成長途上だったし、ドネア戦は11回に左ボディで奪ったダウンでレフェリーのロングカウントがなければ井上のKO勝ちだったと指摘する声もある。

いずれにしても、その3戦以外は全てKO勝ち。内容的にもほぼ圧倒し、危ないシーンすらほとんどない。ヒヤリとしたのは、ドネアとの初戦で左フックを受けて右まぶたをカットした場面くらいだろう。

ドネアとの2試合は名勝負だったが、2戦目は井上がたった2回で終わらせたため、3戦目を望む声すら聞かない。5階級制覇した「フィリピンの閃光」でさえ、ライバルと呼ぶには物足りないのだ。

ライバルに恵まれたスターボクサーたち

1980年代に「中量級スターウォーズ」と呼ばれたウェルター級からミドル級戦線には、シュガー・レイ・レナード、トーマス・ハーンズ、マービン・ハグラー、ロベルト・デュランというビッグスターが4人いた。

それぞれが激しい火花を散らせ、ライバル心を剥き出しにした。レナードとハーンズが競い合うように5階級制覇したのも、お互いに負けたくないという闘争心があったからに他ならない。ライバルの存在が自らを高め、新たなモチベーションにつながったのだ。

6階級制覇したマニー・パッキャオはエリック・モラレスやマルコ・アントニオ・バレラ、ファン・マヌエル・マルケスら同じ相手と何度も戦い、オスカー・デ・ラ・ホーヤやフロイド・メイウェザーらのビッグネームとも拳を交えた。ライバルに恵まれたことがパッキャオをさらに強くしたことは間違いない。

井上が狙うスーパーバンタム級王座はWBAとIBFがムロジョン・アフマダリエフ(28=ウズベキスタン)、WBCとWBOがスティーブン・フルトン(28=アメリカ)と2人の統一王者が君臨。フルトンがベルトを返上してフェザー級に転向する可能性もあり、井上の今後はまだまだ流動的だ。

果たしてスーパーバンタム級で「ライバル」と呼ぶことになるボクサーは出現するだろうか。井上ならあっさりと4階級制覇を果たしたとしても全く驚きはない。その強さに世界は驚愕し、日本の誇りとなるだろう。

しかし、それは井上が求める場所ではないこともまた確かだ。強すぎる「モンスター」のライバルを求める孤独な旅はまだまだ続く。

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