後半の方が速いんです
簡単に言うと、42・195を半分で分けた時、前半よりも後半の方が速い走りのことを言います。
「後半の方が速いマラソンなんてあり得るのだろうか?」
「よっぽど前半を抑えれば可能ではないか?」
そんな風に思われる方もいらっしゃるでしょう。あんなバテバテになる苦しいマラソンなのに、後半の方が速いなんて……。詳細は後述しますが、もう10年ぐらい前から、世界のトップはこの「ネガティブスプリット」が主流なんです。
ちなみに、大阪国際女子マラソンで優勝した重友選手は前半が1時間12分10秒で、後半が1時間12分12秒。ネガティブスプリットにはなりませんでしたが、後半もしっかり持ちこたえたのがよく分かります。
日本陸連が号令
なぜ、今年の大阪国際女子マラソンからネガティブスプリットの名前が聞かれるようになったのかというと、日本陸上競技連盟が「世界で戦うためには、後半速いネガティブスプリットが必要」と判断したからです。3年後の東京五輪に向け、日本陸連で女子マラソンの強化を担当する山下佐知子氏が、ネガティブスプリットの重要性を説きました。
これまでの日本はタイム重視でした。最長で30キロまで一定ペースで走るペースメーカーに先導されてタイムを稼ぎ、後半の落ち込みを見込んでも好タイムが狙えるというペース設定でした。
しかし、五輪、世界陸上といった、世界のメダルをかけたマラソンでは、好記録を生み出すペースメーカーはいません。メダルを争うレースでは好タイムは必要ありません。必要なのは順位です。ですから、前半は抑えて、後半に急激にペースアップ、という展開が多くなっています。ネガティブスプリットは、五輪、世界陸上では当たり前のことなのです。
かたや、日本選手は国内で好タイムを出しても、五輪、世界陸上では、後半の急激なペースアップに、対応できない場面が続いています。2000年シドニー五輪金メダリストの高橋尚子選手、2004年アテネ五輪金メダリストの野口みずき選手は自ら仕掛けて栄冠を手にしましたが、今の日本選手には仕掛けるだけの地力を持った選手がいません。野口選手の後に世界陸上でメダルを日本選手はいましたが、なかなか勝負ができているとは言いがたい物があります。
そこで、今回の大阪国際女子マラソンから導入されたのがネガティブスプリットを意識したペース設定です。中間点までのペースを遅く設定し、余力を残した後半で戦術や勝負強さを試す。3月の名古屋ウィメンズマラソンでも同様の試みがなされる予定です。
アフリカ勢の猛烈なスパートについていけない日本勢
日本がネガティブスプリットで走る海外勢に翻弄されたレースがいくつかあります。筆者が記憶しているのは真夏に韓国の大邱で行われた2011年世界陸上です。
前半のペースは、ゴールが2時間30分を超えるのではないかというほどのスローな展開。それが30キロを過ぎると、ケニアやエチオピアといったアフリカ勢が仕掛け、トラックレースのようなスピードに上がりました。
その時、山下氏が指導する尾崎好美選手が出場していました。尾崎選手はその2年前のベルリン世界陸上の銀メダリスト。その実力者を持ってしても全くついていけず、18位に終わりました。あまりにも激しいスピードアップに、山下氏が驚いていたのを思い出します。だからこその、東京五輪へ向けた今回の強化策なのでしょう。
前半から離れたら意味がない
さて、今回の大阪国際女子マラソンに話を戻します。優勝した重友選手は、前半は先頭集団から離れ、後半追い上げる展開を取りました。これに対し、日本陸連のマラソン強化戦略プロジェクトリーダーの瀬古利彦氏は一定の評価を下しながらも、こう語りました。
「序盤は先頭グループに入らなかった。あの走りでは世界では勝てない。世界はそのまま逃げ切ってしまう。今日はたまたま相手が弱かったから勝てた」
後半にスピードアップができても、前半から先頭手段にいないと勝てる状況にはなりません。ネガティブスプリットと簡単に言っても、一筋縄でいかないのも事実です。でも、世界と力の差をあけられた、かつての日本のお家芸・女子マラソンの復活のためには、やはり欠かせない走りには違いありません。これからマラソンを見る時は、この「ネガティブスプリット」に注目してください。