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日本発祥のケイリンで脇本雄太が狙う悲願の五輪金メダル

2020 3/4 17:00田村崇仁
世界選手権で銀メダルを獲得した脇本雄太Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

世界選手権で30歳の脇本が銀メダル

日本発祥の競輪から生まれたケイリンで、日本選手の悲願である五輪初の金メダルを獲得できる日は来るのか―。

自転車トラック種目の世界選手権は2月27日、ベルリンで行われ、男子ケイリンで30歳の脇本雄太(日本競輪選手会)が銀メダルを獲得し、2020年東京五輪の代表入りを確実にした。

日本の「競輪」から世界の「ケイリン」に発展し、高度な駆け引きと戦略性が勝負の分かれ目となる種目。男子は2000年シドニー大会、女子は2012年ロンドン大会から五輪競技入りし、日本勢は2008年北京五輪の永井清史(日本競輪選手会)の銅メダルが過去最高だ。

世界選手権での日本勢は2018年に河端朋之、2019年に新田祐大に続いて3大会連続の銀メダル。日本自転車競技連盟の公式サイトによると、世界ランキング5位の脇本は「メダルを獲れてホッとした気持ちと、なんで金じゃないんだという悔しい気持ちもあります。これで満足せず、次はオリンピックで金メダルという目標に変えて頑張りたいと思います!」と東京五輪の大舞台へ意欲を新たにした。

最大傾斜45度、先行逃げ切り型の強さ

ケイリンは電動アシスト付き自転車をペースメーカーとして使用し、五輪では最大7人の選手が1周250メートルのトラックを8周して争う。板張りのバンクは最大傾斜45度。先頭誘導車が速度を時速50キロまで上げ、離脱するとレースは一気に時速70キロものスピードでヒートアップする。

競輪ではレース中に相手選手の走路をブロックすることも許されているが、個人戦のケイリンでは禁止されているのも特徴的な違いだ。競輪のように複数の選手が協力して「ライン」を組んで戦うこともない。

2017年のワールドカップ(W杯)チリ大会で日本勢14年ぶりの優勝を飾った脇本は1回戦から「先行逃げ切り型」の強さが光った。準決勝では残り2周でスパートし、世界選手権スプリント王者のラブレイセン(オランダ)らを抑えて1位通過。決勝では同じ戦略に対応され、ラブレイセンに僅差でかわされたが、潜在能力の高さを改めてアピールした。

五輪入りは「世界のナカノ」の功績

1948年に幕を開けた競輪が「ケイリン」として誕生した背景には、競輪界のレジェンドと呼ばれる中野浩一氏の功績が大きいといわれている。

現在は選手強化委員長の立場だが、1975年に競輪デビューし、スプリント種目で1977年から世界選手権10連覇の偉業を達成した往年の名選手。競輪では1980年に日本のプロスポーツ選手で初めて年間1億円以上を稼いだことでも知られる。この活躍を受け、日本自転車競技連盟が世界選手権でのケイリン開催を打診し、1980年から採用されたことが後に五輪入りとなる一つの契機となった。

ブノワ・コーチは「メダル請負人」

東京五輪を前にした脇本の急成長は、2016年リオデジャネイロ五輪後に日本代表の短距離ヘッドコーチに就任したフランス人のブノワ・ベトゥ氏の指導に支えられている。リオ五輪の女子チームスプリント金メダルの中国で指導した「メダル請負人」と呼ばれる自転車界のいわば名将だ。

ケイリンは日本発祥の競輪と同じ発音だが、ルールやスタイル、戦い方も異なる。競輪のように複数の選手が協力することなく、より個人の能力や走力が試されるから発祥国の日本選手が勝つことも簡単ではない。

それでも「ブノワ流」の改革は効果が随所に表れている。選手は五輪会場となる静岡・伊豆ベロドロームの近くに暮らして代表活動に集中。練習の効率化と肉体改造も進め、脇本は1回戦で惨敗したリオ五輪の雪辱へ着々と成果を上げるようになった。地元の五輪で金メダルを―。悔しさをバネに、競輪界の大きな夢も乗せた偉業に挑む。

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