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背番号から見る鹿島アントラーズの新たな変化


鹿島アントラーズの3番、4番

歴代、鹿島アントラーズで「3番」と「4番」を背負ってきたのはセンターバックだ。

1997年に固定番号制が導入されて以降、鹿島アントラーズで「3番」をつけたのは、秋田豊氏、金古聖司氏、岩政大樹選手、昌子源選手で、いずれも日本代表に選出されたセンターバックだ。
そして「4番」は奥野僚右氏とファビアーノ氏、2017年現在鹿島アントラーズの監督を務める大岩剛氏と山村和也選手だ。
山村和也選手はロンドンオリンピック代表で守備的ミッドフィルダー、現在所属するセレッソ大阪では前線のポジションでプレーしているが、鹿島アントラーズではセンターバックとしてプレーしていた。

「3番」「4番」のどちらも、鹿島アントラーズでは、センターバックの選手がつけてきた番号なのだ。 この2つの背番号は、どのチームでも守備的なポジションの選手がつけることが多く、サイドバックや守備的ミッドフィルダーがつける事も多い。
常にこの2つの番号をセンターバックに与えてきたチームは、鹿島アントラーズ以外には無いのではないだろうか。

ブラジルサッカーの影響

ブラジルでは、ポルトガル語でザゲイロと呼ばれるこのセンターバックポジションだが、同時に3番と4番とも呼ばれている。
同じセンターバックポジションをお隣りのアルゼンチンでは2番と4番、ヨーロッパでは5番や6番を背番号としている国も多い。3番と4番をセンターバックとしているのはブラジルの特徴となっている。

ではなぜ、鹿島アントラーズはそのブラジルサッカーの特徴である「ポジションと背番号」を受け継いでいるのだろうか。
そこにはブラジルサッカーの文化を鹿島アントラーズにもたらしたジーコ氏の存在を語ることは欠かせない。

鹿島アントラーズを作り上げたジーコ氏

Jリーグ開幕直前の住友金属工業サッカー部に加入する前の1989年、ジーコ氏は既に現役を引退していた。
引退後はブラジル大統領に指名され、スポーツ担当大臣としての任務を担っていた。
そんな中、ジーコ氏にプロサッカーリーグが開幕する日本からオファーが届く。Jリーグ開幕にあたって目玉が欲しかった日本側では、当初古河電工(現ジェフ千葉)に加入するという計画があった。しかしジーコ氏が既に現役引退をしていた事もあり、その話は破談になった。そこで手を挙げたのが、実績はほとんどなく、Jリーグ参加10クラブの中で最も知名度が低かった住友金属工業サッカー部だった。
世界的スター選手として、ゲストのような扱いだったジーコ氏の来日。当の本人は現役復帰の意思はなかったというが、ゼロからプロサッカークラブを作り上げるという住友金属工業サッカー部のチーム状態にも魅力を感じ、現役復帰を決意した。

ジーコ氏はプロサッカー選手としての考え方、立場、規律を徹底して指導する。Jリーグが開幕するころには、中心選手としての指導や試合中の采配、さらにはスタジアムの芝の長さまで管理する立場になっていた。鹿島アントラーズの初代監督は宮本征勝氏だったが、実質的にはジーコ氏がそれに近い立場となっていたのだ。

このように選手でありながら監督に近い立場だったジーコ氏。
こうして鹿島アントラーズは、ジーコ氏により根本からブラジルサッカーを吸収した。ジーコ氏が引退した後も、ブラジルの名将やブラジル人選手が加入していき、ブラジル的なサッカー文化の伝統をさらに強めた。

ブラジルサッカーといえば華麗なプレーというイメージが強いかもしれない。だが実際の武器は、テクニックをベースにしながらも球際の強さや、鋭いカウンターである。この伝統は、現在の鹿島アントラーズにもしっかりと受け継がれている。
そして背番号「3番」「4番」の選手やポジションを見ても、ブラジルサッカー文化をしっかりと踏襲していることがわかる。

背番号の付け方に変化がみられた2017年

しかし、2017年に発表された背番号には大きな変化が見られた。 3番は前年に引き続きディフェンスリーダーとして成長した昌子選手がつけたが、4番をつけたのは新加入の守備的ミッドフィルダーであるレオ・シルバ選手だ。
そしてセンターバックの植田直通選手は5番を選んだ。 植田選手は元スペイン代表のカルレス・プジョル氏を目標にしており、5番はプジョル氏を象徴する番号。だからこそこの番号を選択したとのことだが、センターバックが5番、守備的ミッドフィルダーが4番をつけるのはかつての鹿島アントラーズでは考えられないことだった。 しかしこれは、鹿島アントラーズが新たなステージへと入ったことを象徴する出来ごとなのかもしれない。

初代監督の宮本氏を除くと、鹿島アントラーズの監督は常にブラジル人監督が務めていた。 しかし2015年シーズン途中にトニーニョ・セレーゾ氏が解任となると、その後を引き継いだのは石井正忠氏。クラブ史上2人目の日本人監督となったのだ。
そして2017年5月、石井氏の次に就任したのは大岩剛氏。クラブ史上初めて日本人監督が続くことになる。これは大きな変化といっても良いだろう。もちろん鹿島アントラーズにとってブラジルサッカーのエッセンスはいまだ重要な部分である。

しかし、25年に及ぶ歴史を積み重ねた鹿島アントラーズ。2017年現在はブラジル人監督ではなく、鹿島アントラーズでのプレー経験を持つ日本人監督により、クラブの伝統を引き継ぎつつ、さらに進んでいけると判断したということなのだろう。 2017年に見られたこれまでとは異なる背番号の付け方は、それを表すものと言える。

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