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裏切りのアイアンフィンガー、飯塚高史(いいづかたかし)選手のプロレス人生を解説

2017 1/18 10:02
プロレス
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出典 http://sports.yahoo.co.jp/

プロレス人生において「裏切り」の代名詞となってしまった選手、それが飯塚高史選手です。 若手時代から海外遠征などで技術を身に着けたエリートだったものの、その寡黙さからブレークまでには時間のかかった苦労人。 そんな一面も持つ飯塚選手のプロレスラー人生を紹介します。

飯塚高史選手の代名詞「スリーパーホールド」

飯塚高史選手の代名詞といえば、頚動脈(けいどうみゃく)を締めるスリーパーホールドです。 飯塚選手自身がブレークのきっかけをつかんだ技でもあり、2000年1月に行われた橋本真也選手とタッグを組んだ小川直也&村上和成戦という注目度の高い一戦で、村上選手を倒したスリーパーホールドは、飯塚選手のキャリアを通じて使われるようになりました。
ヒール転向後は、鉄製グローブを使った地獄突きや鉄製マウスピースによる噛みつきなど、反則技を駆使した試合を繰り広げています。

プロレスデビュー戦、タッグ、遺恨…AKIRA選手との縁

1985年に新日本プロレスに入門した飯塚選手は、翌1986年にAKIRA(当時は野上彰)選手を相手にデビュー戦を行いました。後にAKIRA選手とはタッグ(J・J・JACKS)を組むことになり、ともにIWGP(インターナショナル・レスリング・グランプリ)のタッグ王座に挑戦することになりますが、獲得することはできませんでした。
また、2人は後に元タッグパートナーとして遺恨が勃発。2011年には狂乱ファイトでAKIRA選手が飯塚選手を攻めましたが、最後はヒール化した飯塚選手がレフェリーへの暴行で反則負けを選びました。

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