「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

バドミントン 四文字ペアの歴史〈4〉「タカマツ」編

2017 2/23 12:38きょういち
バドミントン
このエントリーをはてなブックマークに追加

4文字の系譜は金メダリストに

 昨年夏のリオデジャネイロ五輪で大ブレークしたアスリートと言えば、間違いなくこの2人でしょう。

バドミントン女子ダブルスで金メダルを獲得した高橋礼華(あやか)、松友美佐紀の「タカマツ」ペア。その愛称は、昨年の流行語大賞の候補にもなりました。

 「オグシオ」から始まった4文字ペアの愛称の系譜は、「スエマエ」「フジカキ」と続き、ついに金メダリストへと受け継がれました。

クレバーな雰囲気が漂った17歳の松友

 筆者は「タカマツ」として会う前に、松友1人の時に最初に顔を合わせました。今からおよそ8年前のことです。

 松友は徳島の中学を卒業した後、地元を離れて宮城の聖ウルスラ学院英智高校に進学。話を聞いたときは3年生で、学年が一つ上の高橋は卒業し、すでに社会人選手になっていました。
 あどけなさの残る17歳でしたが、バドミントンの世界では超一流。すでに全国の選手から目標とされる存在でした。

 高校2年生の時にシングルス、ダブルス、団体のすべての種目でインターハイ優勝。なぜ強いのか、周囲に話を聞くと、共通して返ってきたのがこの言葉でした。

 「頭がいい」

 実際、質問してみると、それは合点がいきました。
 松友の身長は158センチ。決して大きくはありません。彼女に自分のプレーの特長を聞くと、そのマイナス要素をしっかりと意識していました。

 「背がないから、相手の動きをよんで、速く動く」

 考えが賢いから、プレーもクレバーになっている印象でした。
 インターハイの後は、海外を転戦することになっていました。それに向けて言った決意も思い出されます。

 「自分の力がどこまで通用するのか肌で感じたい」

 3年後にはロンドン五輪が控えていましたが、すでに視線は2016年のリオデジャネイロ五輪に向かっていました。

世界一になっても謙虚なんです

 「タカマツ」2人に、じっくりと話を聞いたのはそれから5年後です。高橋24歳、松友22歳の時でした。

 その直前、タカマツは世界の強豪が集うスーパーシリーズファイルで初優勝し、ペア結成9年目にして、ついに世界ランキング1位も経験。タカマツが世界の頂点に立った直後でした。

 世界一になって、注目を浴び始めた時。でも、世界一に対して、2人はとても謙虚に受け止めていました。
 松友は冷静に答えました。「世界のトップで戦える力はついてきていますが、自分たちがトップにいるという考えにはなっていません」。

 その理由を問うとこうでした。

 「世界のトップは常に優勝しているイメージがありますが、自分たちは昨年、国際大会での優勝は2回だけですから」

 高橋は世界一になったことを「まぐれなのかなと思う」と言い切りました。
 こんな謙虚な姿勢だからこそ、リオ五輪での金メダルに到達できたのかもしれません。

足を引っ張りたくない

 2人がペアを組んだのは高橋が高校2年生、松友が高校1年生の時です。その時のことについて、2人が同じようなことを言っていたのが、印象的でした。

 高橋は「違和感があった」と言いました。その理由は「ダブルスは先輩が引っ張るというイメージがあるけど、シングルスも私の方が弱くて、足を引っ張ると思っていました」。先輩なのに謙虚です。

 シングルスでも戦っていた松友はこう思っていました。「先輩と組むということは、シングルスに加えてダブルスでも勝たないといけないということ。私も足を引っ張らないようにと思っていました」

 2人の思いが同じというのが、そもそもペアに向いていたのかもしれません。

ダブルスって楽しい

 お互いに足を引っ張らないようにと思いながら組んだダブルス。でも、最初からしっくりきたというのです。

 高橋は「楽しかった。松友が裏をかいたショットを打ち、私がしっかり決めるというのがすぐにできた。私は技術がある方じゃなく、パワーの選手でしたが、松友にいいところを引き出してもらいました」

 松友は「私は、シングルスでは全力でスマッシュを打つ方ではなかった。でも、ダブルスだと、相手を崩して上がってきたシャトルを、先輩がどんどん決めてくれた。こんなに簡単に決まるんだって」

 自分にはないものを、ペアを組む相手が持っていて、お互いを補完し合える関係だったということです。そして、それを2人はすぐに感じ取れた。金メダリストになる運命だったのかもしれません。(続く)

Next:バドミントン四文字ペア その歴史⑤「タカマツ」編