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抜群のスタートに見えた桐生祥秀はなぜ失格だったのか(1)

2017 5/23 09:46きょういち
桐生祥秀,Ⓒゲッティイメージズ
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Ⓒゲッティイメージズ

 「スタート、絶対ピッタリだった」

 陸上関係者からLINEでその文面が送られてきたのは、5月13日の夜だった。関係者がテレビで見ていたのは、陸上のダイヤモンドリーグ上海大会の男子100メートル。画面の中には、フライングで失格してしまった桐生祥秀(東洋大)の姿があったはずだ。

 ダイヤモンドリーグと言えば、陸上選手の世界トップクラスが集まり、世界を転戦するという陸上の最高峰のツアー大会。上海は第2戦で男子100メートルには自己ベストが9秒台という選手が6人出場した。そこに挑んだのが日本人初の9秒台の期待がかかる桐生だった。

 今季はシーズンが始まったばかりだと言うのに、10秒0台を3度マーク。4月29日の織田記念では向かい風0.3メートルで10秒04と、向かい風での日本最高をマークし、条件が整えばいつでも9秒台が出せそうなほど、状態はよかった。

 桐生も自覚していた。日本陸連によると、桐生は上海の失格後、こんなコメントを残している。

 「優勝が狙えるようなコンディションだったし、そういう気持ちで臨んでいた」

 周囲も期待するレースだったが、100メートル先のゴールを駆け抜けることができなかった。桐生曰く「陸上人生で初」という失格だった。

10秒の壁の前に立ちはだかった0秒100の壁

 冒頭の関係者の言葉のように、映像を見た筆者も抜群のスタートのように見えた。ただ、陸上のスタートは一つの基準がある。

 「反応時間が0秒100未満の場合は不正スタート(フライング)」

 この基準は、選手がちゃんと音を聞いてスタートしているかどうかを表している。医学的には、人間が音を聞いてから反応するまで最低でも0秒1はかかると言われている。だから、スタートの反応時間が速くすればいいというものではない。0秒100未満では、不正スタートなのだ。

 では、抜群のスタートに見えた桐生のスタートの反応時間はいくつだったのか。

 0秒084。

   現代の医学的根拠に基づいたというルールでは、桐生は「音を聞く前に反応した」ということになる。

 「自分ではぴったり(のタイミングで出たスタート)だと思っていた」と桐生はコメントしている。もしかしたら、音を聞いてスタートしていたのかもしれない。でも、医学的根拠と言われる0秒100を判断基準とし、さらに判定装置で0秒100未満と判定されてしまった以上、どんなに抜群のスタートでも、フライングで失格という判定になることは間違いではない。

 それがルールというものである。

だが、ルールの判断基準はあいまい

 陸上関係者に話を聞いて分かったのだが、このルール、選手にとっては非常に分かりにくくなっている。
 判定装置は選手が足をかけるスターティングブロックにあり、圧力でスタートを判断する。

 そして、そのスタートが0秒100未満ならフライングと自動的に判定される。現行のルールでは、公認された判定装置が「クロ」つまりは0秒100未満にスタートしたら、フライングとなる。それはある意味わかりやすい。

 ただ、何を持ってスタートとみなす、ということはルールには明記されていない。乱暴な言い方をすれば、機械ごと、さらに言えば機械をつくるごとのメーカーの判断ごとによって違うとも言える。

 どれだけの圧力になった時点でスタートにするのか、または、どの動きになった時点でスタートと判断するのか(現行ではビデオ映像のコマごとに見ても、このコマがフライングの動きとは言えない)、それが分からないと、大げさな話、スターティングブロックごとに対応を考えなければならない。

 もちろん、世界中の全選手が同じルールの下でやっているのだから、仕方が無いと言えば仕方がないのだが、でも、やはり選手の立場にたったルールとは言いがたい。だから、陸上関係者にはこんな意見もある。

 「手が地面から離れる瞬間をスタートと見なせばいいのではないか」

(続く)