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バレーボール日本男子代表の春高バレー時代。名場面を振り返ろう

2017 6/13 12:41吉田 和喜
バレーボール,Shutterstock.com
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鋭いジャンプサーブが武器の八子大輔選手の出場した第37回春高バレー

193cmの長身から繰り出される鋭いジャンプサーブと最高到達点355cmの跳躍力を生かした強烈なスパイクで日本代表入りもしている八子大輔選手。高校時代は深谷高校に所属していた。注目は2006年第37回春高バレーだ。
部員数は10人と少ないながら少数精鋭で前年度も優勝を決めた深谷高校が、連覇をかけて挑戦。優勝候補筆頭と思われていたが、初戦からフルセットで辛勝と苦戦し、何とか決勝のステージへ進む。タイトなスケジュールや部員数も10人なことから疲れも見えたが、決勝戦の相手は2年連続東北。力を振り絞った八子選手がジャンプサーブで敵の陣形を崩し、スパイクを決めて連覇を達成する。

高校生初の全日本入り果たした越川優選手の第33回春高バレー

高校生のうちから全日本入りし、高校卒業後すぐ実業団入り、プロ契約、イタリア移籍とこれまで日本のバレーを引っ張ってきた越川優選手が岡谷工業高校で出場したのが2002年第33回春高バレーだった。
1年生からエースとして活躍しインターハイでも優勝を経験した越川選手だが、前年の春高バレーではまさかのベスト8で敗退だった。そのため第33回の春高バレーにかける東亜学園の想いは強く、組み合わせで最大のライバルでもあった雄物川高校も圧倒し、決勝で東北と激突する。
越川優選手をはじめとした質の高いブロックとレシーブが岡谷工業(長野)の特徴だったが、それでも東北の勢いのある攻撃を防げず想い半ばの準優勝で岡谷工業の春高バレーは終わった。

日本人初のセリエAプレーヤー加藤陽一選手の第25回春高バレー

日本人として初めてセリエAに挑戦し、日本バレーのパイオニアとして世界への扉を開いた加藤陽一選手。現在は指導者として後進の育成に尽力されているが、高校生時代には大分工業高校から春高に出場している。
東海大第四(北海道)藤沢商業(神奈川)釜利谷(かまりや・神奈川)岡谷工業(長野)の4強と言われた大会で、加藤陽一選手率いる大分高校は準決勝のステージまで快進撃を続ける。そして準決勝では東京の強豪・東亜学園との対戦。ほとんど九州以外のチームと試合をしたことがなかった大分工業は苦しみ、加藤選手も封じ込まれ、春高バレーは3位に終わる。
ただしそこから打倒・東亜に燃え、インターハイで東亜を破って決勝に進みリベンジを果たした。

まとめ

日本男子バレーを引っ張ってきた有名選手たちの高校時代の名場面を紹介した。日本を代表する選手たちの高校生時代の試合にもドラマがある。春高バレーもそんな選手たちの背景を知って観戦すると、もっと楽しくなる。

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