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モンゴルだけじゃない!世界各国からやってきた外国人力士

2017 5/17 09:55跳ねる柑橘
sumo wrestler
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モンゴル勢強さの秘密は「ブフ」

モンゴル人力士がこれほどまで多い理由、そして強い力士が多い理由は、母国モンゴルにある「モンゴル相撲」の存在が大きいでしょう。
モンゴル相撲はモンゴル語で「ブフ」と呼ばれる伝統競技で、立ち姿勢で組み合って行う格闘技です。その競技スタイルは日本の相撲に類似しているほか、起源も日本のものと同じく儀式的なものでした。
歴代のモンゴル人力士の中にはお父さんやお兄さんがこのモンゴル相撲の強豪選手だったという人が何人もいますし、自身が少年部門の選手だったという力士もいます。大相撲と共通点の多い競技が母国にあり、しかもそれが身近な存在であったことから、大相撲への親和性が高いのだと考えられます。

ハワイ出身力士がもたらした黒船旋風と外国人力士増加の土壌

稀勢の里関の前に最後に横綱になった日本人力士は、若貴フィーバーで大相撲を盛り上げた兄弟のお兄ちゃん、元横綱・若乃花の花田虎上さんです。そして稀勢の里関以前に最後に横綱だった日本人が、その弟の元横綱・貴乃花、現貴乃花親方です。
この二人が大人気だった当時の大相撲で、いわばヒール(悪役)のように立ちはだかったライバルが、元横綱・曙で現在プロレスラーの曙太郎さんです。2mの長身といかつい風貌、そして絶大な人気の若貴兄弟の存在から、悪者のように描かれることもあった曙さんですが、実際は「相撲で成功しないとだめだ、失敗してハワイには帰れない」という不退転の決意のもと全力で相撲に取り組んでいました。
そんな曙さんをスカウトしたのが、初のアメリカ人力士だった元関脇・高見山で東関親方としても活動された高見山大五郎さんです。曙さんと同じくハワイ出身の高見山さんは、現役時代は192cmの巨躯を活かしたパワフルな相撲を取り、日本帰化前の本名「ジェシー」の愛称で親しまれました。ハワイ・ポリネシア出身の力士を発掘したことでも知られ、現役時代には弟弟子で元大関の小錦八十吉さんをスカウトし面倒を見ていたほか、親方時代には曙さんを見事横綱にまで育て上げました。
元横綱・武蔵丸の武蔵川親方もハワイ出身力士として有名です。現在は、武蔵川部屋に所属の武蔵国が、唯一のアメリカ出身力士です。この武蔵国は武蔵川親方の実の甥で、本名は「フィアマル・ムサシマル・ペニタニ」。自身の師匠にして偉大な叔父の四股名からつけられた名前だそうです。
大関や横綱になったハワイ出身力士はみな仲が良く、また日本や相撲の文化をとてもリスペクトし、そこで戦う自身に強いプライドも持っていました。異文化の日本の中でもさらに特殊な角界という世界で、高見山さんや曙さんたちは出身に関係なく外国人力士に親身に接していました。若貴フィーバーの裏で、彼らのこうした意識や振る舞いが、外国人力士が活躍できる素地を築いていたのではないでしょうか。

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