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サッカーで背番号7番に異なるイメージをもたせたフランス

2017 10/13 10:05Aki
サッカーボール,背番号7番
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フランスの文化を持ち込んだのは

名古屋グランパスにこのフランスの文化を持ち込んだのは、後にプレミアリーグアーセナルで長期政権を築くこととなるフランス人の名将アーセン・ベンゲル氏だった。
Jリーグで固定番号制度が始まったのは1997年。この2年前となる1995年からアーセン・ベンゲル氏は名古屋グランパスエイト(当時)を指揮していた。

ベンゲル氏が就任当初の名古屋グランパスエイト(当時)には、浅野哲也氏という日本代表経験を持つセンターハーフがいた。しかしベンゲル氏は浅野氏とコンビを組むセンターハーフの補強を希望し、母国フランスのASカンヌからフランク・デュリックス氏を獲得するのだ。デュリックス氏がつけた番号は7番。7番のデュリックス氏と8番の浅野氏によるセンターハーフコンビはチーム躍進の原動力となっていた。

その後デュリックス氏は退団し、クラブは新たなセンターハーフを獲得することになるのだが、デュリックス氏の後に加入したリカルジーニョ氏、バウド氏、ウリダ氏とセンターハーフを務めた選手がつけたのは7番であった。ベンゲル氏がクラブを去ってからも、監督がポルトガル人のカルロス・ケイロス氏や田中孝司氏、ブラジル人のジョアン・カルロス氏と変わっていってもこの伝統は受け継がれた。

そして、2003年に中村直志氏が日本人選手として初めて7番を引き継ぐと、チームの中央でプレーするセンターハーフとして躍動する。この番号が同じポジションの後継者である田口泰士選手に引き継がれたのだ。
チームを代表するセンターハーフの番号となった名古屋グランパスの7番のルーツは、アーセン・ベンゲル氏が持ち込んだフランスの文化にあった。

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