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偉大なるレジェンド!ジェラードと歩んだリヴァプールFCを解説

2016 11/30 00:00dada
gerrard
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キャプテンのジェラードとイスタンブールの奇跡

ジェラード選手は1980年生まれ、リヴァプールの下部組織出身のMFだ。下部組織時代も含めると1987?2015ものシーズンをリヴァプールで過ごし、その歴史を傍で見守って来た選手でもある。
デビュー当時はSBだったが、やがてセントラルMFにコンバートされると、正確なロングパスと、強烈なミドルシュートとFKで貢献し始める。リヴァプールで過ごした晩年の2013年夏以降のデータでは、約18.7%もの確率でFKをものにしてきた。この成績はリーグで2位だ。1位は20%でファン・マタ選手だったが、歳を重ねても未だ技術が衰えてはいないことを証明した。
2003?04シーズンの途中からはキャプテンを任され、チーム内での影響力を強めていく。レアル・マドリードCFやチェルシーFCからの関心が騒がれるが、記者会見を開き否定したことでも話題となった。
2004?05シーズンはCLの決勝戦に進出。決勝戦のACミラン戦では前半で0?3と大ピンチに陥るが、後半の6分間で一挙3得点を挙げる。この反撃の狼煙をあげたのがジェラード選手のヘディングシュートだった。そしてPK戦でミランを下し、見事ビッグイヤーを獲得。この試合は「イスタンブールの奇跡」と呼ばれている。

暴れ馬とジェラード

リヴァプールには2011?14シーズンにルイス・スアレス選手が、2013?16シーズンにはマリオ・バロテッリ選手が在籍していた。彼らは「暴れ馬」と言われることもあるほど、やんちゃな選手だった。スアレス選手は相手選手へのかみつきや、バロテッリ選手はプレー面、精神面の両方で幼稚さが目立っていた。
しかし、ジェラード選手はこの暴れ馬たちに熱心に話しかけ、批判されがちな二人の支えとなり続ける。
特にバロテッリ選手は当時の監督だったブレンダン・ロジャーズ監督の手には負えないほどだった。この時ジェラードはロジャーズ監督とバロテッリ選手についてよく話し合ったことがあり、擁護したこともあるようだ。もちろん中には苦言もあったようだが、偉大なキャプテンはチームメイトの人柄を冷静に見抜き、その才能を発揮できるように取り計らっていたようだ。

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