「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

17年間ありがとう。ヴァンフォーレ甲府の7番 石原克哉

2018 1/24 11:42Aki
7
このエントリーをはてなブックマークに追加

ヴァンフォーレ甲府の色は石原克哉そのもの

2006年以降、チームは2度のJ2降格J1昇格を繰り返すこととなるが、常にその中心にいたのは石原だった。石原はプロ2年目の2002年から2013年まで12年連続で開幕戦に出場しているのだが、2007年からの3年間は珍しい起用のされ方をしている。
2007年の開幕戦は3ボランチの1人として、2008年はFWとして、2009年はサイドバックとしてと、3年連続で異なるポジションで出場しているのだ。開幕戦では通常あり得ない。

チームメイトの怪我や出場停止の影響で、緊急に異なるポジションを務める選手はいる。しかし、シーズンの中で最も準備期間が長いともいえる開幕戦を、3年連続で異なるポジションで出場するというというのは異例中の異例。
石原は周りのために走るという献身的なプレースタイルに加え「ポリバレント(臨機応変に多様な価値を発揮するという意味。オシム監督が使ったことで知られる語)」なプレーヤーへと進化し、様々なポジションでチームを支え続けた。

ピッチ内では石原の加入より1年遅れてジェフユナイテッド千葉から加入した山本英臣選手がキャプテンシーを発揮することも多かった。その山本は石原のことについて


「誰とでも(距離が)近い。チームが一つになれているのは彼がいるから。このチームの色は石原克哉そのもの」

出典:スポーツ報知

と語る。日本のプロヴィンチア、ヴァンフォーレ甲府とって石原選手はまさにバンディエラだった。

そんな石原も近年は怪我に苦しみ、ついに2017年かぎりでの現役引退を発表した。日本代表はもちろん、得点王やベストイレブンにも縁は無かったが、その偉大な背中が背負い続けた背番号7番は、ヴァンフォーレ甲府にとって間違いなく特別な番号である

おすすめの記事