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悲願の初タイトル、ルヴァンカップ優勝を果たしたセレッソ大阪

2017 11/22 14:38Aki
セレッソ大阪
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尹晶煥監督と森島寛晃氏

尹晶煥監督には川崎フロンターレとの間に因縁があった。 尹晶煥氏は現役時代の2000年〜2002年までセレッソ大阪でプレー。2000年のファーストステージ最終節、勝てばステージ優勝という一戦でも背番号6番をつけて先発フル出場を果たしていた。セレッソ大阪がJリーグ昇格後、最初にタイトルに近づいた試合である。
そしてこの対戦相手は、当時J1昇格したばかりで最下位に低迷していた川崎フロンターレだった。首位と最下位の対戦という事で、セレッソ大阪の優勝は間違いなしといわれていたのだ。
しかし結果は1-2で敗戦。セレッソ大阪は初タイトルを逃した。こういった歴史を踏まえると、セレッソ大阪の初タイトルが川崎フロンターレ戦だった事はなにか運命的なものを感じさせる。

優勝カップを受け取ったあとにピッチ上で何度も繰り返されたセレモニーで、最もセレッソサポーター湧いたのは、当時の背番号6番尹晶煥監督と、当時の背番号8番森島寛晃氏(現チーム統括部 フットボールオペレーショングループ 部長)がカップを掲げるシーンだった。

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