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背番号でわかる、ジェフユナイテッド千葉とヨーロッパサッカーの関係

2017 11/10 12:24Aki
サッカーボール
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ジェフユナイテッド千葉の前進、古河電工サッカー部

Jリーグ発足時からの”Jリーグオリジナル10”の1チームであるジェフユナイテッド千葉。2010年からはJ2で戦うこととなり、2017年までJ1復帰を果たせないでいる。
前進である古河電工サッカー部は1946年に創部と長い歴史があり、アジアクラブ選手権(現在のAFCチャンピオンズリーグ)では、日本サッカークラブとして初優勝を果たした名門クラブだ。
実績はもちろん、長沼健氏や川淵三郎氏など、後に日本サッカー協会会長としても活躍した人物や、日本代表監督として2度のワールドカップ出場をきめた岡田武史氏など、日本サッカー界の中心人物を次々と輩出している。

また、古河電工サッカー部は、ヨーロッパとの関係が密だった。
セレッソ大阪の前進のヤンマーディーゼルサッカー部が、日本サッカークラブで初めてブラジル国籍の外国人選手を獲得したことを皮切りに、多くのクラブがブラジル人選手を獲得するようになった。
しかし、古河電工は長らく日本人選手のみの純血主義を貫き、その後外国人選手を獲得するようになってからも、中東欧を中心としたヨーロッパ選手を中心に獲得していた。

ヨーロッパから選手や監督を獲得しているジェフユナイテッド千葉

Jリーグが発足し、ジェフユナイテッド市原(当時)となってからもヨーロッパとの関係は続いた。それを象徴していたのが、元西ドイツ代表の世界的アタッカー、ピエール・リトバルスキー氏の獲得だ。
リトバルスキー氏の他にも西ドイツ代表のキャリアを持つフランク・オルデネビッツ氏や、セルビア・モンテネグロ代表のキャリアを持つネナド・マスロバル氏など、ヨーロッパ系の選手を多く獲得していた。

その後は、数多くのJリーグクラブでプレーするバロン氏やマルキーニョス氏など、ブラジル人選手も獲得するようなりつつも、根本は古河電工時代から続くヨーロッパとの関係を崩さずにいた。それは歴代の監督を見れば一目瞭然で、これまで22人の監督が就任しているが見事にブラジル監督はおらず、日本人もしくはヨーロッパ出身者ばかりだ。
オランダ国籍のヤン・フェルシュライン氏や、ドイツ国籍のゲルト・エンゲルス氏、そしてクラブ史上最大の名将といえるイビチャ・オシム氏も国籍はオーストリアであった。

2017年に監督を務めるファン・エスナイデル氏はアルゼンチン国籍をもっており、クラブ史上初めて南米の国籍をもつ監督だ。とはいえファン・エスナイデル氏も監督としてのキャリアはスペインで重ねてきているため、”南米の監督”とは言い難いかもしれない。

ディフェンダーの番号となる背番号5番

ジェフユナイテッド千葉とヨーロッパの密接な関係は、歴代選手の背番号を見ても感じることができる。それを象徴するのが背番号「5番」だ。
ブラジルでは守備的ミッドフィルダーの番号とされる「5番」だが、ジェフユナイテッド千葉ではディフェンダーの番号だ。山口智氏やミリノビッチ氏、ストヤノフ氏など、歴代のディフェンスリーダーがこの番号を背負っている。

1997年にJリーグで固定番号制が導入されて以降、ジェフユナイテッド千葉では8人の選手が5番を背負ってプレーしてきた。その中で守備的ミッドフィルダーを本職としていたのは、2015年のパウリーニョ氏(現松本山雅FC)ただ一人。パウリーニョ氏以外の7人の選手はすべてディフェンダーである。
「5番」をディフェンダーの番号とするのは、ドイツを始めとする中東欧の伝統だ。
その代表的な選手が、ドイツがほこる世界的サッカー選手であるフランツ・ベッケンバウアー氏だろう。

守備的ミッドフィルダーの番号6番

「5番」と同様に「6番」も、ジェフユナイテッド千葉とヨーロッパとの関係を感じさせる。

ジェフユナイテッド千葉の「6番」といえば、現在浦和レッズでプレーする阿部勇樹選手だ。ジェフユナイテッド市原(当時)の下部組織出身で16歳にしてトップチームデビューを果たした阿部選手。2001年から6シーズンに渡って背番号6番を背負い、後に日本代表監督となるイビチャ・オシム氏が監督に就任した2003年からはキャプテンにも就任している。
1997年のジェフユナイテッド市原で、初代「6番」だったピーター・ボス氏(現ボルシア・ドルトムント監督)も守備的ミッドフィルダーの選手だ。その後も下村東美氏などの守備的ミッドフィルダーがこの番号を引き継いでいる。

「6番」を守備的ミッドフィルダーとするのは、まさにドイツを始めとする中東欧系の特徴であり、2016年ヨーロッパ選手権では、ドイツ代表のサミ・ケディラ選手が「6番」だった。また、かつてはギド・ブッフバルト氏もドイツ代表で「6番」を背負っていた。
ブラジルの場合、背番号「6番」は左サイドバックの番号であり、かつては代表チームのロベルト・カルロス氏や、2014年のブラジルワールドカップでマルセロ選手がつけた。
またアルゼンチンにおいては、センターバックの番号であり、サムエル氏やオスカー・ルジェリ氏がつけた。

攻撃的な選手がつける8番

他にも「8番」は代々、攻撃的な選手がつけてきた番号であり、初代「8番」となったラデ氏はストライカーだ。次いでこの番号をつけた野々村芳和氏(現北海道コンサドーレ札幌社長)は攻撃的ミッドフィルダーだ。さらには水野晃樹選手や、谷澤達也選手、井出遥也選手、そして2017年の「8番」は清武功暉選手で、やはりそのほとんどが攻撃的なポジションの選手なのだ。
ドイツ代表で近年「8番」をつけているのは、メスト・エジル選手だ。かつてはトーマス・ヘスラー氏がつけたように、歴代攻撃的なポジションの選手がつけてきた番号である。
同じ番号でもブラジルでは、ジュビロ磐田でプレーしたドゥンガ氏がブラジル代表時につけたように、守備的ミッドフィルダーがつけている。

この様にジェフユナイテッド千葉では、かつて中東欧の選手を多く獲得し、その後もヨーロッパの監督を集めたように、背番号からもヨーロッパサッカーに大きな影響を受けていることがわかる。
近年のジェフユナイテッド千葉では、続けて日本人監督が務めている。これにより、ヨーロッパとの密接な関係がクラブの根本に残っている事が、現在の選手の背番号からもわかるのではないだろうか。