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Jリーグ・ヴィッセル神戸に加入!ルーカス・ポドルスキ選手に迫る

2017 5/17 09:55Aki
podolski
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デビュー2年目のシーズンで2部リーグの得点王に

2部リーグで戦う事となった2年目のシーズンだが、結果的にこのシーズンがポドルスキ選手の成長に大きく役立つ事となる。
1年目はリーグ戦18試合のみの出場に終わったが、2年目のシーズンはリーグ戦全34試合中30試合に出場。しかもそのうち29試合が先発で、28試合はフル出場と完全にチームの中心選手となり24得点を挙げブンデスリーガ2部の得点王になる。さらにアシストも11を記録し、ポドルスキが引っ張る形で2部リーグでの優勝を達成。サポーターから「プリンツ・ポルディ」と呼ばれるほどのチームのアイドルとなったのだ。
3年目のシーズンとなった2005-2006シーズンは、開幕前には当時のドイツ代表監督であったルディ・フェラー氏にポルトガルで行われた2004年欧州選手権直前のドイツ代表に初招集され、そのまま引き続き欧州選手権のメンバーにも選ばれた。またリーグ戦では、34試合中32試合に出場し12得点7アシストを記録し、名実共にドイツを代表するストライカーとなっていく。

クラブでは出場機会を減らすも代表では大活躍を見せる日々

その後ポドルスキ選手はドイツが誇るスター軍団バイエルン・ミュンヘンに移籍する。
しかし当時のバイエルン・ミュンヘンにはオランダ代表のロイ・マカーイ選手がエースとして存在していた為に途中出場がほとんどだった。また怪我も多くレギュラーポジションを獲得するまでには至らなかった。
しかし一方でドイツ代表チームではケビン・クラニィ選手やミロスラフ・クローゼ選手らとの2トップで大活躍。自国開催のコンフェデレーションズカップ、ワールドカップ共に代表メンバーの一員となりゴールを量産する。
バイエルン・ミュンヘンには3シーズン在籍したものの、いずれのシーズンもポジション獲得にまでは至らなかった為に、出場機会を求めて2009-2010シーズン開幕前に古巣である1FCケルンに復帰が決定する。この時期にはちょうど現在浦和レッズでプレーする槙野智章(まきのともあき)選手も1FCケルンに所属していた。
またこの復帰にあたっては、元F1チャンピオンであり、サッカーファンとしても知られるミハエル・シューマッハ氏が、ケルンの公式サイトのトップバナーを購入する形で資金援助も行った事も大きな話題を集めることとなった。

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