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ヴィッセル神戸の歴代監督がチームに残したモノ

2016 7/31 18:20
神戸
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民事再生法の申請、かみ合わない補強

2003年12月、多額の負債を抱えたチームはついに民事再生法を申請した。翌年1月に楽天の三木谷浩史氏が代表を務めるクリムゾンフットボールクラブが営業権を獲得し、新生ヴィッセル神戸としてスタートすることに。元チェコ代表のイワン・ハシェック監督を迎え、トルコ代表のイルハン・マンスズを獲得するなどFWの強化をはかる。だが、イルハンは3試合のみの出場で退団。その後も成績は振るわず、監督は1stシーズン途中で退任した。それから1年半の間に短期間で監督も加藤寛、松永英機、エメルソン・レオン、パベル・ジェハークと変わり、2005年7月には主将だった三浦知良が退団。そしてついに初のJ2降格が決定した。うまくかみ合わない補強、ファンは忸怩たる思いで見ていた。

チーム目標のJ1での9位を達成

2006年J2で迎えたシーズンでは、かつて監督を務めていたバクスター氏が復帰するも家庭の事情で帰国。その後松田浩コーチが監督へ昇格、バクスターの4バック体制を続け入れ替え戦で見事勝利し、1年でのJ1復帰が決定した。松田監督はFWに大久保嘉人、GK榎本達也、DFにブラジルのボッティを獲得し、これがかみ合いチームの総得点は4位と攻撃力を上げた。低迷しつつも、地道な補強と戦術の見直しを加え2011年には、和田昌裕監督の元チーム史上最高の9位になり、ついにシーズンの目標が達成された。
だがその後もJ2への降格など安定した好成績は残せず、1年でJ1へ復帰し、その後2015年より迎えたブラジルのネルシーニョ監督の元、若手の起用、コンバートなどチームの可能性を広げる戦略がとられている。タイトルを獲得する、そんな日が近いと確信するファンが増えているチーム体制だ。

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