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川崎フロンターレ、ユニフォームの歴史をご紹介!

2016 11/19 22:39
川崎フロンターレⒸゲッティイメージズ
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2011年当時のユニフォーム

関塚体制でJ1リーグ優勝争いを演じるようになった川崎フロンターレだが、そのあと2010年に就任した高畠監督の下では失速してリーグ5位に沈む。2011年には大胆に刷新し、相馬直樹を監督に迎える。
ユニフォームサプライヤーもPUMAに変更され、デザインも一新。水色と黒を基調としたデザインをベースにしながら、胴部分には下部からグラデーションストライプが入る。さらに岡本太郎氏の筆による「挑」という文字が右わき腹部分に配置され、またもや大胆なデザインになった。
翌年の2012年にはさらに一新、水色と黒のボーダーに変更。12本の黒い帯は選手11人とそれを支える人たちを現している。そして、この時期から毎年ユニフォームデザインが一新されるようになる。

2013年以降のユニフォーム

2013年のユニフォームは襟元が変形Vネックのような形になり黒が配色、肩口と胸部分の黒と合わせて力強いイメージになっている。同部分には細い黒線による幾何学模様が入っていて、手の込んだデザインだ。胸元には川崎市の区の数と同じ7本のラインが入っている。
2014年には小さい襟のあるデザインに変更、水色をベースに襟と肩口に黒が配色される。この年に川崎市が市政90周年であり、それを記念して川崎市7区のシンボルがチェック柄として全体に小さく配置されている。これは近くで見ないと気づかない。
2015年にはデザイナーの大塚いちおがデザインの、イナズマをモチーフとしたラインがななめに入るスタイリッシュなデザインになった。
そして2016年にはクラブ創設20周年を記念して、川崎フロンターレの原点「グレミオ柄」のユニフォームが復刻されファンを喜ばせている。

まとめ

川崎フロンターレのユニフォームのデザインは年々おしゃれになり機能性も高いので、気に入ったユニフォームをぜひゲットしてみよう。

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