伝説となった1998年10月11日「毎日王冠」
忘れられないレースが個々にあるだろう。私であれば1999年のメイセイオペラが勝ったフェブラリーSである。当時、私は秋田県に住む一人の競馬ファンであった。競馬と言えばテレビ画面の前のJRA、そして岩手競馬である。その郷土の英雄であるメイセイオペラが並みいる中央馬を押しのけてJRAのGⅠを制覇したのである。あの時の興奮は今でも忘れる事が出来ない。
10月10日は東西で伝統のGⅡレースが行われる。そこで今回はこの両レースの思い出を振り返ってみたい。
出走予定馬の一覧がでた際の胸のざわめきというか、高揚感というか、今でも上手く文字に表せないが、あの時の興奮は凄まじいものがあった。1998年の毎日王冠はそういうレースだった。
その年の金鯱賞で歴史的な大勝利を飾り、宝塚記念を制するなど充実期を迎えたサイレンススズカに、無敗のグラスワンダーとエルコンドルパサーが挑む。当時の競馬ファンにとっては夢の様な話であり、1週間その話題で持ちきりだった。
それだけならまだしも、京都では皐月賞馬セイウンスカイ、天皇賞(春)の勝ち馬メジロブライト、前年の有馬記念を制したシルクジャスティス、そしてステイゴールドが激突する京都大賞典が組まれていた。東西で前哨戦のGⅡがここまで盛り上がったことは他に記憶がない。
話を東の毎日王冠に戻そう。まず、なんと言っても話題の中心は「サイレンススズカ」だ。
クラシックシーズンでは素質こそ感じさせるものの、GⅠ路線では高い壁に跳ね返され続ける結果となった。しかし、暮れの香港遠征で武豊騎手と出会い一変する。年が明けると破竹の5連勝。
2月14日 バレンタインステークス(東京・芝1800m)4馬身差
3月15日 GⅡ中山記念(中山・芝1800m)1.3/4馬身差
4月18日 GⅢ小倉大賞典(中京・芝1800m)3馬身差
5月30日 GⅡ金鯱賞(中京・芝2000m)大差
7月12日 GⅠ宝塚記念(阪神・芝2200m)3/4馬身差
特に金鯱賞の大差勝ちは衝撃的としか言いようが無かった。レーススタイルは前半58秒台のハイペースで逃げ、後半にはさらにスピードの違いで一気に突き放すという、正にサラブレットの理想形であり完成系だった。毎日王冠ではそのサイレンススズカに2頭の無敗外国産馬が挑むことになった。
まずは「エルコンドルパサー」だ。後にフランス遠征を経て、日本競馬の悲願である凱旋門賞制覇の夢を掴みかけた本馬。当時は5戦5勝の無敗馬。
97年11月8日 3歳新馬(東京・ダート1600m)7馬身差
1月11日 4歳500万下(中山・ダート1800m)9馬身差
2月15日 共同通信杯(東京・ダート1600m)2馬身差
※降雪により芝からダート、かつGⅢから重賞へ変更
4月26日 GⅡ NZT4歳S(東京・芝1400m)2馬身差
5月17日 GⅠ NHKマイルカップ(東京・芝1600m)1.3/4馬身差
ダートで3連勝を飾ったがどのレースも怪物級の勝ち方で、デビュー戦で7馬身ちぎった2着のマンダリンスターはその後すぐにGⅢの京成杯を勝っている。
後に知る事になるのだが、当時のエルコンドルパサーは身体が出来上がっておらず、一戦一戦を試しながら使っていたそうだ。末恐ろしいという言葉しか思い浮かばない。その伸び盛りの本馬と初コンビの蛯名正義騎手がどの様なレースをし、サイレンススズカに挑むのか注目が集まった。
そしてもう一頭の無敗馬は「グラスワンダー」である。春のクラシックシーズンは骨折で棒に振るも前年に4戦4勝。
9月13日 3歳新馬(中山・芝1800m)3馬身差
10月12日 アイビーS(東京・芝1400m)5馬身差
11月8日 GⅡ京成杯3歳S(東京・芝1400m)6馬身差
12月7日 GⅠ朝日杯3歳S(中山・芝1600m)2馬身半差
しかもデビュー3戦はムチを使うことなく馬が加速していき、的場均騎手が何度も後ろを振り返る余裕すらあった位の圧勝劇だった。朝日杯3歳Sでは翌年にタイキシャトルの引退レースで土をつけるマイネルラヴを直線でアッという間に2馬身半離す快勝劇。
何より驚いたのはその勝ちタイムが1分33秒6というレコードだった事。曇天の暮れの中山、また到底良馬場とは思えないような芝コンディションの中で、従来のレコードを0.4秒更新し、当日の古馬準オープンのタイムより0.7秒も速い驚異的なレースだった。「マルゼンスキーの再来」は伊達ではないと痛感したものだ。
実に出走馬9頭中8頭が重賞ウイナー。この世紀の一戦を一目見ようと東京競馬場に集まった観客数は13万人以上だったと言われている。レースはスタートから1000m通過57.7秒という超ハイペースでサイレンススズカが逃げる中、3コーナー過ぎでグラスワンダーが勝ちを狙いに一気に進出するも、故障明けのためか伸びきれず失速。
代わってエルコンドルパサーが追い込み末脚を伸ばすが、長い府中の直線コースでサイレンススズカがラスト600mから11.6-11.4と再加速し、後続を引き離すレース内容で2馬身半差をつけ快勝した。今でもこのレースを見られた事は自身の中での宝物となっている。