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遅咲き選手会長・宮里優作選手のゴルフ人生

2017 6/30 12:56hiiragi
宮里 優作
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期待されるも遠い初優勝

シード権も確保しフル参戦となった2004年。初戦は地元沖縄県で行われたアジア・ジャパン沖縄オープンゴルフトーナメントだった。この試合は、2004年シーズンに組み込まれているが、開催日は2003年12月18日だった。地元の声援を受け最終日65の好スコアを出し2位に入る。シーズンの初戦としてはこれ以上ないスタートが切れた。
アマチュア時代の実績からして、優勝は時間の問題だと思われていた。チャンスは6月の全英への道~ミズノオープンで訪れる。この試合は全英オープン日本予選の最終戦として行われ、優勝すれば全英オープンへの切符が手に入る。
初日首位タイと好スタートを切ると、2日目で4位まで後退するものの、3日目盛り返して首位タイで最終日を迎えた。前半は好調で2バーディを奪い2つスコアを伸ばす。そして10番のバーディで一時は首位に躍り出たが12番、14番とボギーを叩き後退、そのまま首位と2打差の5位タイで大会を終えた。
ツアー後半戦はこれといった活躍もなく、2004年シーズンは21試合に出場、賞金ランキングは50位と平凡な成績で終わってしまう。そして初優勝までに10年を費やすことになる。

11年目につかんだ念願の初優勝

初優勝は2013年まで待たなければいけなかったが、チャンスは何回かあった。
2006年9月に行われたサントリーオープンゴルフトーナメントでは、初日3位と絶好のスタートを切り、2日目は単独トップに立った。3日目は首位に並ばれるも、首位タイで最終日を迎えた。前半はパーを重ねる安定したゴルフだったが、9番のダブルボギーで緊張が切れたのか、後半はボギーが先行、結局4ボギーを叩き、10位タイまで順位を下げてしまった。
2007年9月のコカ・コーラ東海クラシックでは初日8位から2日目単独首位に浮上したが、3日目はスコアを落とし、首位と2打差の5位で最終日を迎えた。最終日はスコアを伸ばせない。前半はボギーが先行し取り返すのがいっぱい、後半も2バーディ2ボギーで首位と1打差の3位で試合を終えた。
そして、2013年の最終戦となったゴルフ日本シリーズJTカップでは、3日目を終わって2位に3打差の単独首位とこれ以上ない優勝チャンスを迎えた。最終日は前半スコアを落とすも後半盛り返し、迎えた最終ホールは傾斜のきついパー3。ここをダブルボギーで乗り切れば優勝だった。
しかし、第1打はひっかけ気味でグリーン左のラフへ、アプローチは打ちすぎて反対側のラフまで行ってしまう。下りの難しいアプローチを残し、プレーオフも頭をよぎった3打目のピッチショットはピン上1mから転がりカップイン。プロ転向から11年目で初勝利を果たした。

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