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平成26年 ソチ五輪で浅田真央が涙の名演技【平成スポーツハイライト】

2019 1/4 07:00SPAIA編集部
浅田真央,Ⓒゲッティイメージズ
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6種類8回の3回転を成功

平成23年12月9日、最愛の母・匡子さんが肝硬変のため48歳で死去。グランプリファイナルに出場予定だった浅田はカナダから緊急帰国したものの最期を看取れず、無言の対面となった。幼い頃から二人三脚で歩んできた母を失い、悲しみに暮れた。

しかし、葬儀翌日から練習を再開した浅田は全日本選手権で優勝。その後、腰痛に悩まされるが、平成24年のグランプリファイナルで3度目の優勝を果たした。翌25年4月にはソチオリンピックのシーズン限りで引退する意向を表明し、ついに最後と決めた晴れ舞台を迎える。

26年2月、4年間の努力の成果を披露するはずのリンクは、浅田に厳しかった。女子シングルSPで転倒し16位。演技後は「何も分からない」と茫然自失だった。

翌日のフリー。浅田は意を決したようにリンクに立った。泣いても笑ってもこれが最後。自らを有名にし、自らを苦しめてきたジャンプを思い切り跳んだ。もう失うものはない。6種類8回の3回転ジャンプという女子では初めてのプログラムをノーミスで決めた。

演技を終え、天を仰ぐと涙があふれた。最終順位は6位。メダルには届かなかったが、浅田の演技に魅了された観衆の誰もが称賛の拍手を送った。

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