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本田武史の功績~日本男子フィギュアスケート界を牽引してきた男~

2016 10/4 00:52
フィギュア
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フィギュアスケート全日本選手権、史上最年少で本田武史が優勝!

シニアとしての初の大会NHK杯では、4位だった。第64回全日本選手権で、男子シングルの選手としては史上最年少での優勝を果たした。そしてその後、わずか14歳で1996年の世界選手権に初めて出場し、13位と日本のエースとして頑張りを見せてくれた。
第65回全日本選手権で、2連覇を達成し世界選手権では10位と健闘した。長野オリンピックの日本代表枠も2を獲得し、自身も日本代表に内定した。1998年、長野オリンピックでは、ショートプログラムでのトリプルアクセルからのコンビネーションで失敗してしまい出遅れてしまった。フリースケーティングで挽回したが、15位に終わってしまった。

ソルトレイクシティーオリンピックでの入賞と世界選手権銅メダルの功績

2001年の世界選手権で5位入賞を果たし、ソルトレイクシティーの日本代表枠を2獲得した。2001年?2002年のシーズンには日本男子フィギュアスケート選手初となるグランプリファイナルへ進出し、5位となりオリンピックの代表に内定した。ソルトレイクシティオリンピックの男子シングルスのショートプログラムでは「ドンキホーテ」を演技し2位、フリースケーティングではステップアウトするミスがあり4位となり、結局総合4位でメダルは逃してしまった。
オリンピックから約1か月後に長野県で行われた2002年世界選手権ではショートプログラム、フリースケーティングともに3位で銅メダルを獲得した。1977年の世界選手権での佐野稔選手以来の2人目の銅メダルだった。

引退、そしてプロへの転向 コーチとしての本田武史

2005年に、今シーズン限りで引退するとを表明し、第74回全日本選手権が現役としての最後の大会になった。2006年のトリノオリンピックが終了した後に開催されたアイスショーのリンク上でプロへの転向を自ら発表した。現在は、アイスショーなどでプロスケーターとして活躍しながら、解説者としても活動している。
浅田舞選手のコーチやジャンプ技術コーチとして高橋大輔選手の指導も行っていたこともあり、フィギュアスケートのコーチとしても、育成に力を注いでいる。

まとめ

本田武史さんの活躍があって今の男子フィギュアスケートがあると言っても過言ではない。今後も彼の活躍が楽しみだ。

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