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永久欠番が2人!バスケットボールで背番号11をつけた選手たち

2017 8/25 10:07Mimu
バスケ
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チーム創設時から10年も活躍!オールジャパン準優勝にも貢献

また2008-09年シーズンの活躍も印象的であった。チームも創設8年目を迎え、順調に強くなっていったものの、まだリーグ戦やオールジャパンでの優勝経験はなし。いつしかこれらのタイトルを獲得することがチームの悲願になっていた。
そんな中、2009年の1月に行われたオールジャパン大会では、緒戦の天理大学を91-53、準々決勝のリンク栃木ブレックスを76-55、準決勝のパナソニックトライアンズ戦を90-72で勝利。チーム初となる決勝戦に進出したのだ。特にパナソニック戦では後半から菅さんが絶好調。第3ピリオドだけで3本のスリーポイントを決めるなど、19得点をあげて勝利に貢献した。

残念ながら決勝は前年の優勝チームであるアイアンシーホースチームに敗退して氏まったっものの、チームは確実に1歩前進していた。またシーズンでも菅さん年間ベスト5に選出されるなど、チームとしても個人としても最高の1年となった(チームはその後2015年に優勝)。
それだけに2009-10年シーズンでの突然の引退発表は、本当にファンを驚かせた。まだまだ選手としては十分なプレーを見せることはできていたのだが。最後は突然のお別れになってしまったが、10年もの間チームを支えてきた功績が認められ、背番号11が永久欠番に制定されている。

自身でチームを創設した川面剛さん

もう1人の永久欠番、川面剛さんを紹介しよう。川面さんは1997年に松下電器に入社し、その後2005年に地元福岡で設立された福岡レッドファルコンズへと入団した。当時チームはJBLスーパーリーグに所属しており、川面さんも念願のプロバスケ選手都としての第1歩を踏み出した……かのように思われた。しかし、チームは経営難に陥ってしまい、わずか半年ほどで解散してしまったのだ。

だがここでくじける川面さんではない。自身が率先して行動を起こし、2006年春にはクラブチーム「福岡BBボーイズ」を設立。スポンサーも順調に獲得し、2007ー08年シーズンからは早くもbjリーグへの参入が決まった(参入に伴ってチーム名も「福岡ライジングBB」に変更)。かなり遠回りになってしまったが、ようやく念願だった地元福岡でプロバスケ選手としての1歩目を踏み出すことができた。

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