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プロ野球における背番号50の名選手たち

2017 12/26 15:15mono
ベースボールプレイヤー
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赤鬼旋風を巻き起こしたボブ・ホーナー選手

1987年開幕直後に来日し、ヤクルトスワローズへ入団したボブ・ホーナー選手の背番号は「50」となった。1978年にアトランタ・ブレーブスでメジャーデビューを果たし、ルーキー・オブ・ザ・イヤー(新人王)を受賞。
来日前年の1986年も141試合に出場し、打率.273(517打数141安打)、27本塁打、87打点の成績を残していたバリバリのメジャーリーガーでもあった。

ホーナー選手は来日初戦で初本塁打を放つと、翌日の試合では3本塁打を放つなどメジャーリーガーの凄さを見せつける。その後もシーズン終了までに93試合に出場し打率.327(303打数99安打)、31本塁打、73打点の成績を残し『赤鬼』として恐れられていた。
1988年からは再びメジャーリーグに戻りセントルイス・カージナルスでプレー。しかし、1年限りで解雇となり現役を引退している。

阪急で抑えを務めたアニマル・レスリー選手

阪急ブレーブス(現・オリックス・バファローズ)で1986年、1987年の2年間にわたりプレー。抑えとして活躍したアニマル・レスリー選手の背番号は「50」だった。
メジャーリーグでデビューを果たしたシンシナティ・レッズでも、1982年から1984年までの3年間に渡って同番号を背負っており継続するの形になっている。

マウンド上でのパフォーマンスが独特でもあり、捕手を殴る仕草で味方とスキンシップを取っていた。現役引退後は日本で『亜仁丸レスリー』の芸名でタレント活動を行い、CMやバラエティ番組にも出演するなど人気を博していた。
2013年に亡くなった際は、日本でもニュースとして報じられている。

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