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プロ野球における背番号41の名選手たち

2017 12/22 10:20cut
野球ボール,グローブ
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稲葉選手から雄平選手へ受け継がれたヤクルトの背番号「41」

侍ジャパン日本代表の監督に就任した稲葉篤紀氏。現役時代はヤクルトスワローズ、北海道日本ハムファイターズでプレーし通算2167安打を記録。名球会入りも果たした名選手だ。

稲葉選手は1995年にヤクルトへ入団すると背番号「41」を与えられる。ヤクルトにおいて「41」は杉村繁選手(現・打撃コーチ)、角富士夫選手らが背負っていた番号でもあった。ルーキーイヤーから試合に出場し67試合に出場。規定打席には届いていないものの打率.307(215打数66安打)、8本塁打、40打点を記録。初打席初本塁打も放つなど期待の若手として注目を浴びる存在となった。

2年目にレギュラーを獲得すると2004年までヤクルトでプレー。同年オフにメジャーリーグを夢見てFA権を行使するが、メジャー移籍は叶わずパ・リーグの北海道日本ハムファイターズへと移籍する。移籍1年目の2005年こそ背番号「58」だったが、2006年からはヤクルト時代と同じく「41」を着用。

現役引退後もフロント職ながら背番号「41」を与えられている。

一方、稲葉選手が去ったヤクルトの背番号「41」は、木田優夫選手、そして雄平選手に受け継がれている。雄平選手は2007年からこの番号をつけ2010年に投手から外野手へと転向。稲葉選手と同じく右翼の守備を守っている。

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