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プロ野球における背番号37の名選手たち

2017 12/24 12:24cut
野球ボール,バット
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ヤンキースで世界一を7度達成したケイシー・ステンゲル監督

1950年代にニューヨークヤンキースの指揮を執り、一時代を築いたケーシー・ステンゲル監督。10度のリーグ優勝、7度のワールドチャンピオンに輝くなど大きな実績を残している。
監督としてメジャーリーグではブルックリンドジャース、ボストンブレーブス、ヤンキース、ニューヨークメッツの4球団で采配を振るったステンゲル監督。
メッツ、ヤンキースで背負った背番号「37」がそれぞれ永久欠番に制定されている。

名采配も数多く見せたが、それよりも『ステンゲル語録』と呼ばれるほど多くの名言(迷言)を残したことでも有名だ。
ヤンキースで常勝チームを率いた後に指揮を執ったメッツでは、新チームということもありチーム力が低く好成績を残すことはできなかった。その際には「メッツの試合よりひどいのは、メッツのダブルヘッダーだけ」と自虐的なネタを披露。それほどまでにひどいチーム状況だったのだ。
それはチーム成績を見てもよくわかる就任1年目の1962年は40勝120敗1分、勝率.250とチーム史上唯一となる勝率3割未満だった。嘆きたくなるのもよくわかる成績だった。

メッツで1965年途中まで采配を振るい退団。翌1966年にアメリカ野球殿堂入りを果たしている。

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