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プロ野球における背番号34の名選手たち

2018 1/1 21:00cut
野球ボール,グローブ,バット
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緑内障で早期引退!カービー・パケット選手

ミネソタツインズにおいて12年間プレーし、通算2304安打を放ったカービー・パケット選手。1度も移籍することなくフランチャイズプレーヤーとしてツインズで過ごし、生涯を通じて背番号は「34」だった。
メジャーデビュー3年目の1986年から1995年まで10年連続でオールスターゲームに出場。首位打者、打点王を各1度ずつ獲得している名選手でもある。

パケット選手は35歳となった1995年も打率.314(538打数169安打)、23本塁打、99打点と実力を発揮。力は衰えていなかったが、緑内障の影響で右目を失明。現役引退を余儀なくされることとなる。

1997年にはツインズにおいて背番号「34」が永久欠番に制定され、2001年にはアメリカ野球殿堂入りを果たしたパケット選手だが2006年に心臓発作で亡くなった。45歳とまだ若く、ツインズファンをはじめとしたメジャーリーグファンに大きな悲しみを与えている。

レッドソックスのレジェンドでもあるデービッド・オルティス選手

2017年、ボストンレッドソックスにおいて背番号「34」が永久欠番となった。これは「ビッグパピ」ことデービッド・オルティス選手の背番号だ。

オルティス選手は1997年にツインズでメジャーデビューを果たすと、2003年からレッドソックスへと移籍。2006年には54本塁打、137打点で本塁打王、打点王の2冠に輝くと以降2016年までレッドソックス一筋で活躍。
最後の年となった2016年も127打点を挙げ、打点王に輝くなど指名打者として長きにわたりチームに貢献した。

気が短いことでも知られており、球審の判定に不満があるとバットでベンチ内の電話を破壊するなど荒っぽい一面もあった。しかし、バットで結果を残しファンには愛される存在だったのだ。

引退後はテレビ解説などで活躍しており、ともに同じ時代をライバルとして戦ったアレックス・ロドリゲス選手らと共演を果たしている。

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