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プロ野球ドラフト会議におけるプロ志望届とは?

2017 11/10 12:24cut
高校野球
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大学進学から一転プロへ!城島選手

工藤選手、桑田選手と同じくプロ入りをしないと表明していながら、一転プロ入りを果たした選手がいる。別府大学附属高校(現・明豊高校)から1994年ドラフト1位で福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)へと入団した城島健司選手だ。

高校時代の城島選手は甲子園出場こそ無かったものの、通算70本塁打を放っており『打てる捕手』としての期待が高い選手だった。本人も読売ジャイアンツ、西武ライオンズ、ダイエーを希望していたとされている。しかし、大学進学後にプロ入りを目指す意思を固め、駒澤大学への推薦入学が決まっていた。

このような状況の中、ダイエーはドラフト1位で城島選手を指名すると公言。その言葉通り強行指名を行った。プロ野球コミッショナーはダイエーに警告していたにもかかわらずだ。
結果的に城島選手は駒澤大学へと入学せず、ダイエー入りを決め球史に残る捕手として実績を残している。

このドラフトでは3位で駒澤大学の本間満選手をダイエーは指名。当時は城島選手が進学予定だった駒澤大学に気を遣っての指名とも言われていた。
しかし、結果として本間選手は2009年まで在籍し城島選手(2005年まで在籍)よりも長くチームに在籍することになった。また、このときのダイエーは根本陸夫氏が責任者を務めていたことから『根本マジック』と言われている。

このようなできごとが起こるとアマチュア、プロの間で摩擦が起きてしまうということから『プロ野球志望届け』の制度が設けられるようになったのだ。

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