「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

ドラフト入団拒否の歴史を振り返る

2017 11/10 12:24cut
baseball player
このエントリーをはてなブックマークに追加

3度目の正直で巨人入りを果たした長野久義選手

近年では複数回に渡って入団拒否を行うことは珍しい。各球団ともに選手の動向をチェックしており、特に上位指名選手は入団拒否をされそうな場合、指名を回避するからだ。しかし、巨人入りを熱望し2度の入団拒否を行ったのが長野久義選手である。

1度目にドラフト指名を受けたのは2006年のことだった。北海道日本ハムファイターズから4位指名を受けたものの、入団を拒否。2年後のドラフトで巨人から指名を受けることを目標に社会人野球のHondaへ入部する。当時の長野選手は大学日本代表入りを果たしていたものの、ドラフト1位クラスではなく大きな話題とはならなかった。

1度目の入団拒否から2年経過した2008年ドラフト会議。長野選手は2年前から意思は変わらず、巨人志望を公言していた。しかし、長野選手の夢は叶わず、巨人より早く千葉ロッテマリーンズが2巡目で指名する。長野選手は入団拒否の姿勢を貫き、Hondaに残留。翌2009年のドラフトを待つことになる。

迎えた2009年のドラフト会議では、巨人が無事に長野選手を1位指名を受け入団。3度目の正直で巨人入りを果たしたのだった。
長野選手は1年目からレギュラーを勝ち取り、2年目には首位打者を獲得する活躍。ドラフト指名を2度拒否し巨人入りを熱望した想いを成績で表した格好だ。今後、長野選手のように複数回入団を拒否する選手が現れることはあるのだろうか。注目が集まる。

おすすめの記事