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プロ野球における背番号29の名選手たち

2017 12/30 19:05cut
野球ボール
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速球派が続いた中日の背番号「29」

中日ドラゴンズにおいて背番号「29」は、速球派のイメージが強い。鈴木孝政選手、与田剛選手と2人の剛球投手が続けてこの番号を着用したからだ。1972年ドラフト会議で1位指名を受け千葉県・成東高校から中日へ入団。
高卒2年目の1974年から中継ぎとして出番が増え始め、翌1975年にはリーグ最多の67試合に登板。21セーブをマークし、最多セーブのタイトルを獲得している。中継ぎ投手でありながら、規定投球回に到達するなど2017年現在のように1イニング限定ではない起用法だった。

その後も1976年、1977年と連続で規定投球回に到達。1976年には最多セーブ、最優秀防御率の二冠を達成している。スピードガンが普及する前の時代のため、正確な球速はわからないものの、150キロは超えていたと言われていた。

1982年途中に先発へ転向すると1984年に16勝をマークするなど、先発としても実績を残している。1989年に現役を引退するまでに124勝、96セーブを挙げるなど中日を代表する投手といえるだろう。また、鈴木選手は長嶋茂雄選手・長嶋一茂選手親子の両者と公式戦で唯一対戦した投手でもある。

その鈴木選手が引退した直後の1990年から、背番号「29」を着用したのが与田剛選手だ。1989年ドラフト1位でNTT東京から中日へ入団した与田選手。150キロを超えるストレートが武器ということもあり、鈴木選手の「29」を受け継いだ。
すると1年目から抑えに抜擢され31セーブをマークし、最優秀救援投手のタイトルを獲得。新人王も受賞している。その後は故障もあり、1年目がキャリアハイとなってしまった。1999年に現役を引退後は野球解説者を経て日本代表のコーチを歴任。2016年からは、東北楽天ゴールデンイーグルスの投手コーチを務めている。

与田選手以降は3選手を経て、2002年より山井大介選手が着用しており、2017年シーズンで16年目となる。2018年シーズンも同番号を背負えば、鈴木選手と並び背番号「29」の球団最長タイの17年目だ。山井選手の背番号に注目したい。

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