「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

プロ野球における背番号17の名選手たち

2018 1/6 10:05cut
野球ボール
このエントリーをはてなブックマークに追加

松岡弘選手から受け継がれるヤクルトの背番号「17」

ヤクルトスワローズのエースとして長らくチームを支えた松岡弘選手。1967年ドラフト5位で三菱重工水島からヤクルトの前身球団である、サンケイアトムズに入団した松岡選手。入団当初の背番号は「25」だった。ルーキーイヤーの1968年は2試合の登板に終わったが、オフに背番号「17」へと変更。
すると1969年に43試合の登板を果たし8勝をマーク。1971年に初の二ケタ勝利となる14勝を達成し投球回数もリーグ最多となる281.1回を記録した。その後も6年連続で二ケタ勝利をマークするなど、ヤクルトのエースとしてチームを支え通算191勝を挙げている。

1978年には投手タイトルを獲得していないものの16勝11敗、119奪三振、199.1回、11完投(4完封)、防御率3.75の成績で沢村賞を受賞。これが自身初の栄誉となった。それから2年後の1980年に初の投手タイトルである最優秀防御率を獲得。これが、唯一のタイトルになっている。

1985年にユニフォームを脱いだあとは川崎憲次郎選手が背番号「17」を受け継いだ。川崎選手は巨人キラーとして活躍し、ヤクルトで通算88勝をマーク。エースとしての役割を果たしていた。
川崎選手のあとには新人王を獲得した川島亮選手、クリス・ラルー選手らが着用。2015年からはFA権を行使し、千葉ロッテマリーンズから移籍してきた成瀬善久選手に受け継がれている。

松岡選手以降、ヤクルトではエースナンバーに近い形で背番号「17」は受け継がれていた。しかし、近年着用している選手の成績は奮わない。成瀬選手の奮起に期待したい。

おすすめの記事