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オリックス・伊東光は正捕手に返り咲くことができるか!?

2017 9/13 14:03Mimu
野球 キャッチャー
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入団後数年で引退の危機だった!?

この当時は、バファローズはこれから10年は捕手は安泰だともいわれていた。特に入団して数年間の伊藤選手を知っているファンからすれば、これほどまでの活躍は感慨深いものがあっただろう。一時期には、試合に出るどころか、まともに日常生活を送れないかもしれないともいわれていたのだ。

入団2年目となった2009年、この年の開幕直前に椎間板ヘルニアを患ってしまった。座り仕事である捕手にとって椎間板ヘルニアは死活問題だ。すぐさま手術を行い、シーズン終盤での復帰を目指すこととなった。しかし、どれだけリハビリをしても、左足の痺れが全く引いていかない。左足に力が入らず、野球どころか歩くことすらもまともにできない状態が続いた。何度も病院を変えて、リハビリを行ったが、状況は全く変わらず3ヶ月もの間、絶望の淵をさまよっていた。

このままでは引退か、そんな言葉が脳裏をよぎり始めたある日、脊髄損傷者のためのジムがあるという噂を耳にする。藁にもすがる思いでそこを訪れると、なんとリハビリ開始からわずか2ヶ月で歩行可能なまでに回復していった。すっかりやせ細っていた左のふくらはぎも、すっかり元の太さに戻っていったのだ。そして懸命のリハビリを経て、2011年の6月にニ軍戦に復帰。ヒットを放ったときには、大粒の涙を目に浮かべていたそうだ。

厳しい立場に追いやられてしまう2015年

ここまでの苦労を重ねた伊藤選手が、日本を代表する捕手にまで成長してくれたというのは、本当に感慨深いものがあっただろう。しかし2015年からは、その状況も変わり、とにかくチーム状況はどん底だった。開幕前にトニ・ブランコ選手や中島裕之選手、小谷野栄一選手など大型補強を敢行していたのだが、開幕から全く勝てなかったのだ。開幕4連敗、1勝をはさんでまた4連敗、さらに引き分け後に股6連敗。1勝がとてつもなく遠く感じた。

そうすると、当然正捕手である伊藤選手もやり玉に挙がってくる。リードに関する批判のほか、送球ミスや捕逸など、今まで以上にバッシングを受けるようになっていった。5月には山﨑勝己選手が先発マスクをかぶる試合も多くなり、とうとう伊藤選手はニ軍に降格。シーズン終盤には、当時まだ19歳だった若月選手が起用され、福良監督代行(森脇監督から交代)からインサイドワークやリード面を高く評価された。そしてこの年以降、伊藤選手と若月選手の競争が激化していく。

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