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三原脩監督が大洋で魅せた「三原マジック」【球史に名を残した偉人達】

2017 8/3 12:07cut
ベンチに野球ボールとバットとグローブ
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1960年の日本一以後

1960年に日本一となった大洋だったが、その後は優勝に手が届かなかった。三原監督は1967年まで大洋の監督を務めたが2度の2位が最高成績となっている。(以降、大洋は1998年まで優勝できず)その後、近鉄、ヤクルトの監督をそれぞれ3年間務め1973年に監督業から退いた。
監督通算1687勝は、鶴岡一人氏の1773勝に次ぐ歴代2位となっている。また、監督として3248試合出場は歴代最多である。5球団(巨人、西鉄、大洋、近鉄、ヤクルト)での指導経験は藤本定義監督、石本秀一監督と並び1位タイだ。
これらの数字に加えて3球団で優勝を達成した実績がたたえられ、三原監督は1983年に野球殿堂入りを達成している。
殿堂入りの翌年である1984年に亡くなった三原監督。「三原マジック」「魔術師」など多くの異名を与えられた名監督は、現代野球に大きな功績をもたらした1人である。今後も三原監督のような名将が誕生することに期待したい。

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