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藤本英雄選手の残した偉大な記録とは?【球史に名を残した偉人達】

2018 1/1 21:01cut
野球ボール
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史上初の完全試合も写真はなし!

藤本選手はプロ野球史上初の完全試合を達成した選手として知られている。1943年にノーヒットノーランを達成していた藤本選手は、その後も巨人のエース格として君臨。31歳となった1949年には沢村賞も獲得するなど、30代に入ってもその勢いは衰えなかった。
沢村賞を獲得した翌年の1950年も藤本選手は26勝(14敗)をマークし33完投とタフネスぶりを発揮。その一つの勲章が6月28日に行われた西日本パイレーツ戦(現埼玉西武ライオンズの傍系球団)における完全試合だ。
青森市営球場で行われたこの試合で先発した藤本選手は当初先発予定ではなく、移動中の船で麻雀を行っていたという。しかし、先発予定となっていた多田文久三選手の急病により代役となったのだ。
前回登板は6月20日となっており、中7日での登板となった藤本選手であったが、初回から走者を出さない投球を見せる。4回裏に待望の援護点が入ると、その後もパーフェクトピッチングを続け、史上初の完全試合を達成する。わずか92球で西日本打線を手玉にとり、外野に飛んだのはわずか3回だけという完璧な内容だった。
また、最後の打者は西日本の監督であった小島利男監督だったが、空振り三振でゲームセットとなった。新聞記者が数人しかおらず、写真も映像も残っていない。寂しい快挙達成となった。

不滅のシーズン記録を達成した1943年

藤本選手は1942年に明治大学から巨人軍に入団し無傷の10連勝を達成。東京六大学で34勝をマークした凄腕の、その片鱗を見せてくれた。1年目と同様に2年目も先発の柱として登板機会を得た藤本選手は、自身初のノーヒットノーランを達成するなど順風満帆な成績を残している。
なかでも、特筆すべきは1943年に達成されたシーズン19完封そして防御率0.73だ。いずれもプロ野球記録(19完封はタイ記録)となっており、2016年終了現在で破られていない。
10完封以上をマークしたのは1965年の村山実選手(11完封)が最後となっている。以降、50年以上も現れておらず、現代のプロ野球では破るのは難しい記録となっている。
シーズン防御率1点台未満は2016年シーズン終了時点で11名誕生しているが、戦後に達成したのは完封記録と同じように1970年の村山選手(0.98)ただ1人だ。完封記録と同じようにこちらも更新は困難となりそうだ。

藤本選手の1943年成績

登板数:56(リーグ1位)
先発数:46(リーグ1位)
完投数:39(リーグ1位)
完封数:19(リーグ1位/歴代1位タイ)
勝利数:34(リーグ1位)
敗戦数:11
 勝率:.756
投球回:432.2(リーグ1位)
奪三振:253(リーグ1位)
防御率:0.73(リーグ1位/歴代1位)

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