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アマチュア時代は実績ゼロ!?カープ・薮田和樹の苦労人生

2017 8/3 12:07Mimu
野球ボール,グローブ
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大学4年間でわずか3試合のみの登板

高校卒業後は九里選手と同じく亜細亜大学へと進学したが、入学直後にまたもや右肘の骨折が発覚したため、1年の秋には手術を受けている。そこからリハビリと体造りをおこない、大学3年の春になってようやくリーグ戦デビューとなった。初登板は2013年5月14日に行われた駒澤大学戦で、9回裏3-3の同点、2死1塁・2塁という状況で1本出ればサヨナラ負けという非常に緊迫した状況だった。
残念ながら、初球のストレートを外野に運ばれてしまいサヨナラ負け。本人の自責点にはならなかったが、わずか1球でデビュー戦が終了してしまった。だが続く2日後の16日駒大戦にも登板し、そちらは1イニングを被安打0の無失点。最速も151km/hを記録し、高校2年生以来にしっかりとしたピッチングを披露することができた。
さらにチームもリーグ戦優勝を決めたため、6月の全日本選手権にも出場。藪田選手は準決勝の日本体育大学戦に中継ぎとして登板した。3-2と1点リードした8回の裏からリリーフし、残念なことに同点打を浴びてしまったものの、直後の9回表に味方が勝ち越してくれたため勝ち投手となっている。
デビュー戦の状況や全国の大事な場面での登板などを考えると、そのポテンシャルの高さは誰もが認めるところだったのだろう。だが結局、大学での登板はこの3試合だけに終わってしまった。4年生の春に肩を痛めてしまい、また1年間登板なしに終わってしまったのだった。

お母さんが持つ不思議な縁が上位指名につながる

藪田選手が素晴らしいポテンシャルを秘めているのは、間違いなかったと言える。しかしこうして振り返ると、なぜここまで実績のない選手をカープは2位で指名したのか疑問だ。高校・大学の7年間、そのほとんどの期間はケガに泣かされ続けた。そんな選手を下位指名ならともかく、2位で指名するのはいささかリスクが高いようにも思える。
実はそこに、お母さんが持つ不思議な縁が大きく絡んでいた。お母さんは広島でタクシーの運転手をしており、そこにたまたまお客さんとしてカープのオーナーである松田元氏が乗ってきたそうだ。
その際に息子が大学で野球をしていること、かなり早いストレートを投げることを話したところ、松田オーナーが松本有史スカウトに連絡。そして偵察に行った松本スカウトは、藪田選手を一目見た瞬間にそのストレートに惚れ込んでしまったそうだ。
どうしても藪田選手を指名したかったカープは、他球団も藪田選手を下位で指名するという情報を聞きつけると、大胆にも2位で指名することを決意。松本スカウトは亜細亜大学のOBでもあり藪田選手の状況も逐一確認していた。そのためケガの状態が良くなってきたという情報を聞いたうえで、2位指名するに至ったそうだ。

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