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【前身2球団あり】オリックスバファローズの奇跡を振り返る

2017 7/10 10:25Mimu
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奇跡の代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打

実は、北川博敏選手のこの年の代打率は.194とそれほど良くなかった。しかし、2度のサヨナラ打を打っていたことや、24日の試合で松坂大輔選手から代打ホームランを放っていたことから、監督は彼を代打に起用する。
カウント1ボール2ストライク、投手の大久保選手は引っ掛けてゲッツーを取ろうと、スライダーを投じる。しかし少し真ん中に入ってしまうと、北川選手はそれを一振り。打球はバックスクリーンの左横にきれいな放物線を描いて飛びこんでいった。
これで6-5、おつりなしの逆転サヨナラ満塁ホームラン、そして同時に近鉄の優勝が決定!プロ野球史上初、おつりなしの「代打逆転サヨナラ満塁優勝決定本塁打」となったのだ。

「頑張ろうKOBE」をスローガンに奮闘

では続いてオリックスの奇跡を紹介していこう。 オリックスの奇跡は1995年だ。この年は開幕前に阪神・淡路大震災が発生し、選手たちは「がんばろうKOBE」をスローガンに奮闘していた。そして95年といえば、仰木マジックが最も炸裂した年だろう。
この年、打順が固定されていたのは1番のイチロー選手くらいで、それ以外の打順はいろいろな選手が代わる代わる務めた。特に内野手だった小川博文選手は、この1年だけで2番~9番の打順をすべて経験したし、時には8番キャッチャーがメインだった中島聡選手を4番に据えるという打線を組んだこともあった。

数々の奇跡を起こした仰木マジック

1994年から監督に就任した仰木彬さんは、イチロー選手を抜擢したり、内野手だった田口壮選手を外野へコンバートさせたり、高卒ルーキーだった平井正史選手を守護神に抜擢するなど、数々の才能を見出した。特に平井選手はルーキーながら15勝5敗27セーブという素晴らしい成績を残し、最優秀救援投手のタイトルを獲得したほどだ。
その眼力は采配でもいかんなく発揮され、常識にとらわれない選手起用で次々に勝ち星を重ねる。しかし、これらも決して直感だけでなく、綿密なデータに基づいて決めているというのだからすごい。

神戸の人たちを勇気づける優勝

こうして仰木マジックが炸裂した結果、圧倒的な成績でパリーグを制覇した。この年に積み重ねた82勝というのは、球団史上2位の記録だ。1位は1956年の88勝(当時阪急ブレーブス)だが、152試合制での達成だったので、130試合で82勝という数字がいかにすごい数字が分かる。
この名将の下、どんどん勝ち星を積み重ねていくその姿は、神戸の街を大いに元気づけた。野球が持っているパワーは非常に素晴らしいもので、これまでに何度も被災地の方々を勇気づけてきた。しかし、それが優勝となると、やはり奇跡に近いものを感じる。

まとめ

今回は2チームの奇跡を紹介してきた。 どちらの奇跡も、関西の地を大きく盛り上げた。 オリックスバファローズになってからは、なかなか日本シリーズに縁がないが、いつか奇跡を起こしてくれることだろう。

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