「スポーツ × AI × データ解析でスポーツの観方を変える」

日本シリーズで奇跡を2度体験!仰木彬監督【球史に名を残した偉人達】

2017 6/30 12:56cut
ボール
このエントリーをはてなブックマークに追加

2度目のオリックス監督時代

オリックスの監督退任後は、解説者などで活躍していた仰木氏。2004年に競技者表彰として野球殿堂入りも果たしている。
その仰木氏は、球界再編騒動が起こった2004年のオフに、近鉄とオリックスの合併球団となるオリックス・バファローズから監督の打診を受け受諾。当時、球界で最高齢となる70歳での監督就任となった。
当時、3年連続最下位に沈んでいたオリックスのチーム状態は良くなかったが、仰木監督の指導もあって4位へと順位を上げることに成功した。しかし、仰木監督自身の体調は優れず、シーズン中からもその様子は確認されていた。結局、シーズン最後まで指揮を執ったものの、高齢と体調不良を理由に辞任し、ユニフォーム生活に別れを告げた。
その後容態が悪化し、シーズン終了から2ヶ月足らずの12月15日に肺がんにより死去。人生の最後まで、野球と共に生きた仰木監督であった。
現在、仰木監督の教え子でもある近鉄とオリックスのメンバー達が、プロ野球界で監督やコーチとして活躍しており、梨田昌孝監督(楽天)もその一人だ。また、2017年現在マイアミマーリンズで活躍するイチロー選手も、仰木監督がメジャーリーグに送り出す決断をしなかったら、ポスティングは実現していなかったことになり、恩人とも言える。
すでに亡くなっている仰木監督だが、球界には多くの後継者を残しており、その系譜はまだしばらく途切れることはなさそうだ。

おすすめの記事