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プロ野球史上最高の抑えとして君臨する岩瀬仁紀選手

2017 6/30 12:56cut
野球ボール
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球界最高の抑え投手として

岩瀬選手の武器は「死神の鎌」とも称されるスライダーだ。多くの左打者を手玉に取り恐れられたその魔球は大きく横に滑るように曲がっている。この魔球を武器に実績を積み上げた岩瀬選手は2005年に46セーブという日本記録を達成後も大きな故障なく投げ続けた。
2006年(40セーブ)、2009年(41セーブ)、2010年(42セーブ)、2012年(33セーブ)と4度の最多セーブ投手を上積み。2004年から2014年まで11年間連続で20セーブ以上の記録を達成する。2005年から2013年の期間では30セーブ以上を達成しておりこちらも9年連続30セーブ以上の日本記録だ。
2010年に名球会入りの資格でもある250セーブを達成。この記録は佐々木主浩選手(横浜他)、高津臣吾選手(ヤクルト他)に次ぐ歴代3人目の記録となった。また、年俸も2012年には4億5000万円(推定)と抑え投手としては2004年、2005年の佐々木選手6億5000万円に次ぐ高額年俸選手となっている。
また、250セーブ達成以降も数字を積み上げた岩瀬選手は2016年シーズン終了時点で402セーブ。これは、歴代2位の佐々木選手(381セーブ)を交わし日本球界No1の数字でもある。現役2位が藤川球児選手の223セーブとなっており当分の間、破られることのない大記録といえそうだ。
1999年から2013年まで15年連続で50試合以上登板を果たしておりこちらも日本記録となっている。現役選手では宮西尚生選手(日本ハム)、山口鉄也選手(巨人)が9年連続で達成しており現在も継続中だ。2017年シーズン宮西選手は1985年生まれの32歳、山口鉄選手は1983年生まれの34歳。年齢的には岩瀬選手の記録を更新可能ではあるが、ケガなく6年間安定して登板できるかに注目が集まる。

実は打撃も凄い?

岩瀬選手は中継ぎ投手ということもあり、打席に立つ機会は少ないものの1年目から打率.250(12打数3安打)と好結果を残し3年目まで毎年打率.200をキープしていた。
抑えを任されるようになるにつれて打席に立つ機会は減り2008年以降は打席に立っていない。1999年から2007年までの8年間で打率.208(48打数10安打)、3打点の成績をマーク。
岩瀬選手と同様に抑えとして一時代を築いた佐々木選手が日本での12年間で打率.116(95打数11安打)、5打点と比べても打撃の良さがわかるだろう。
大学時代は愛知大学野球連盟の通算安打記録2位でもある124安打(1位の125安打は元中日の神野純一選手)を放っており打率.323をマーク。外野手として大学日本代表の候補にも選ばれていたほどだ。時代が違えば大谷翔平選手(日本ハム)のように二刀流として活躍していた可能性があったと言っても言い過ぎではないだろう。

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