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メジャー初打席は初球本塁打の快挙を達成した松井稼頭央選手

2017 6/30 12:56cut
グローブ
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初打席初球本塁打の鮮烈デビュー

2004年、松井選手はメジャーリーグ初打席の初球に本塁打を放つ衝撃的なデビューを果たす。のちに「自分でも想像できなかった」「今までにないくらい興奮した」と語っている。

開幕戦で新人による初打席初球本塁打は、史上初の快挙でもあった。「初球打ち」に信念を持つ松井選手は、見送ってピッチャーの状態を掴むのではなく、バットを振らなければ自分自身のタイミングがわからない、と語っている。しかし、以降は成績が伸びずケガもあり、114試合の出場で打率.272、7本塁打、44打点の成績だった。

更なる活躍を誓い、2年目に挑んだ松井選手は、二塁手へとコンバートされた。その2年目の開幕戦でも松井選手は、初打席で本塁打を放つ。しかし、2年目も年間を通じた活躍は果たせず、87試合で打率.255、3本塁打、24打点1年目より成績を落とす。勝負の年となる3年目は、ケガで開幕マイナーだったが、メジャー昇格初戦の初打席でランニング本塁打を放っている。しかし、シーズン途中にトレードでコロラド・ロッキーズへ移籍することになり、ニューヨークの街に別れを告げることになる。

ワイルドカード決定戦の奇跡

ロッキーズに移籍後の松井選手は、32試合で打率.345、2本塁打、19打点と復調。翌2007年にチームは快進撃。プレーオフ争いの9月後半、11連勝を含んだ15試合の結果が14勝1敗、162試合を終えて、サンディエゴ・パドレスと同率で並んだのだ。そのため、1試合で決着をつけるワイルドカード決定戦を戦うことになる。

負けたら後が無いこの一戦は、9回で決着がつかずに6-6で延長に入る。延長13回表にパドレスが2点を奪い、マウンドには守護神のトレバー・ホフマン選手。だれもが、パドレスの勝利を信じて疑わなかった。しかし、1番・二塁で出場していた松井選手が、先頭打者として二塁打を放つ。そこから打線は繋がり3点を奪い、逆転サヨナラ勝ちでポストシーズン進出を決めたのだ。

その勢いでロッキーズはディビジョンシリーズ、リーグチャンピオンシップを制しリーグ優勝を果たす。ワールドシリーズでは松坂大輔選手、岡島秀樹選手の所属するボストン・レッドソックスと対戦。この時、初のワールドシリーズ日本人対決が実現した。松坂選手相手には3打数1安打、岡島選手とは1打数0安打の対戦成績となっている。

結局、チームは0勝4敗でワールドシリーズで敗れたものの、ポストシーズン通算で打率.294、1本塁打、8打点をマークし役割は果たしたと言える。

オフにFAとなった松井選手は、ヒューストン・アストロズと契約。2008年から2010年までアストロズでプレーしたが、目立った関関を残すことはできなかった。

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