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金子千尋選手~無名の高校時代から球界最高年俸投手へ!

2017 6/30 12:56cut
野球
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一軍昇格からスター街道へ

2年目の2006年、7月に一軍初先発、2007年8月26日の楽天戦では一軍初完封を遂げる。2008年に開幕投手に指名され、7回1失点10奪三振で勝ち投手となった。その後も得意の変化球で勝利を重ねていく。2009年にはオールスターゲームに選出され初出場した。

2010年は17勝8敗、完封は6回。最多勝のタイトルを初めて獲得。 2013年は最多奪三振をマークする。2011年のダルビッシュ選手、田中将大選手以来の沢村賞(シーズンで最も優れた完投型投手に贈られる)の条件を満たすが、2013年は田中将大選手が受賞した。

2014年は16勝5敗、防御率1.98と驚異的な数字を残し、最多勝、最優秀防御率、最高勝率の投手三冠に輝く。最優秀選手、ベストナインに表彰され、ゴールデングラブ賞、最優秀バッテリー賞と次々と賞を総なめする。

日本一の投手としての呼び声も高くなり、2013年に逃した沢村賞をも受賞することになる。しかし「嬉しいが素直に喜べない自分がいる」とし、「優勝できなかったのにリーグMVPは違うんじゃないか」と、この年、チームがリーグ2位に終わった無念を金子選手は受賞後に語った。

幻のノーヒットノーラン

2014年5月、対巨人の交流戦で、9回まで無安打無得点だったが、代打を送られ交代した金子選手。延長戦に突入後、巨人のホームランで勝ちを逃し、単独でのノーヒットノーランを成せずに終わる。しかし、この試合は「幻のノーヒットノーラン」とメディアに取り上げられるほど話題になり、自著「どんな球を投げたら打たれないか」でこの経験を分析し、マウンドでの心理学を述べている。

2014年のオールスターゲームに選出された時、インタビューで「ストレートを投げないピッチングをしてみたい」と返答し、「全球変化球宣言」とメディアをにぎわせた。

こうした発言により、金子選手=変化球投手と言うイメージがファンの間に定着したといえる。自身を「選ばれた才能を持つ選手ではなかった」とし、プロの世界で勝てるために、試行錯誤を重ね、変化球を一つずつ身につけることで、球界最高の投手と呼ばれるまでになったのだ。

また、どんな状況になっても、力まずに投げることを常に心がけ、得意な球種は「ない」と金子選手は語る。「七色の変化球」を武器にし、一球にこだわらない。体型や特別な体格に恵まれなくとも、「頭脳派」のイメージが強く、自分について考え続ける努力の投手なのだ。

沢村賞も受賞し、大活躍のシーズンといえる2014年、金子選手はFA宣言し、他球団の評価を受ける機会となった。メジャーリーグを含めた数球団と交渉するが、結果としてオリックスに残留を決めた。

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