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WBCで好投!ヤクルトの守護神・秋吉亮ってどんな選手?

2017 6/30 12:56Mimu
ピッチャー
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WBCでは中継ぎの柱として活躍した秋吉亮

変則的な右のサイドハンドから繰り出される最速150km/のストレートに、切れ味鋭いスライダー。2017年WBCでは、ヤクルトスワローズから投手として唯一選出され、右の中継ぎとして活躍した秋吉亮選手。その独特の球筋で、海外の打者を次々に手玉に取っていった。
特に第2ラウンドのオランダ戦では、7回2死1塁の場面で登板し、ヤクルトでチームメイトのウラディミール・バレンティンを三振に打ち取ったシーンが非常に印象深い。それ以外の試合でも抜群の安定感を見せ、6試合はすべて無失点。中継ぎ投手陣の大黒柱的存在としてチームに大きく貢献した。
だが、まだまだ他球団ファンの方にはあまり知られていない選手であろう。2017年シーズンこそケガで戦線離脱してしまったものの、球界屈指のリリーフ投手であることは変わらない。知っておいて損はない選手だ。今回は、秋吉選手がどういった選手なのかを紹介していこう。

2013年のドラフトでヤクルトに入団

秋吉選手は、東京都立足立新田高校から中央学院大学、そしてパナソニックを経て、2013年のドラフト3位で東京ヤクルトスワローズへ入団。2017年、キャリア4年目の短期間でWBCの代表に選出された。
ちなみにこの年ドラフトで指名された他チームの選手たちを見てみると、小林誠二選手(日本生命→巨人ドラフト1位)、田中広輔選手(JR東日本→広島ドラフト3位)、石川歩選手(東京ガス→ロッテドラフト1位)、松井裕樹選手(桐光学園高校→楽天ドラフト1位)らもWBC日本代表に選出されており、社会人選手を中心にかなりの豊作ドラフトだったことがわかる。

かつては都立の星として注目を浴びたことも

秋吉選手は、スポーツが盛んでインターハイに出場する部活動も多数ある足立新田高校出身だ。都立ながら野球部も強豪として知られていたが、やはり強豪私立がひしめくこの地区で、結果を出せない年も多かった。
しかし、秋吉選手はそんな環境の中でも一躍注目を集める投球をした。2年生秋季大会の初戦は、早稲田実業高校だった。中盤まで相手をノーヒットに押さえる快投を見せ、結局1-3で敗退してしまったものの、同学年の斎藤佑樹選手(日本ハム)に負けず劣らずのピッチングを披露したのだ。そして、もっとも話題になったのは、やはり3年生の夏季大会だろう。
緒戦の筑波大付属高校を5-3、3回戦の都立大山高校を8-2で破ると、続く日大一高校を1-0、安田学園高校を2-0、青山学院高校も2-0と3試合連続の完封を収める。なんと3回戦から33イニング連続無失点。
結果は、準決勝の帝京高校戦で2-9で敗北してしまったが、チームを創部初の東東京ベスト4まで導くピッチングを見せ、都立の星として一躍注目を集めるようになった。この大会では46イニングで48奪三振を記録。当時からキレのあるボールを投げていた。

全国の舞台での強さを見せた大学・社会人時代

高校卒業後は千葉県にある強豪大学、中央学院大へと進学。1年生の時から中継ぎ投手として起用された。4年生からは先発投手へと転向すると、春季リーグで7試合の登板で5勝1敗(うち完封3) 43奪三振 防御率0.84という驚異的な成績を残す。
最多勝・最多奪三振・最優秀防御率の3冠を達成した上にチームもリーグ優勝、MVPを獲得した。全国大会でも初戦の九州共立大戦で大瀬良大地選手(現広島東洋カープ)との投げ合いを演じ、2安打完封勝利。続く試合にも勝利し、チームをベスト8へと導いた。
そして秋季リーグでも5勝をあげて、2季連続の最多勝を獲得。この頃になるとプロのスカウトからも非常に高く評価されたが、プロ志望届は出さずに社会人の強豪チーム、パナソニックに入団した。
パナソニックでは、1年目こそ都市対抗予選でしか出番がなかったものの、2年目の2012年からはチームのエースとして活躍。2012、13年と2年連続で都市対抗野球・日本選手権に2大大会に出場した。
特に2012年の日本選手権では、鷲宮制作を相手に2安打7奪三振の完封勝利、2013年の都市対抗でも、三菱岡崎戦で6安打11奪三振の完封勝利をおさめ、大学時代と同じく全国の大舞台に強いところをアピールした。そして同年のドラフトで指名を受け、ヤクルトへと入団することとなる。

1年目からセットアッパーとして活躍

当初ヤクルトでは、先発としての起用が想定されており、その期待通りにオープン戦から好投を見せ、見事に開幕ローテーションを勝ち取った。だが、シーズン初登板で5回4失点、2試合目も6回4失点と安定を欠いてしまい、中継ぎ投手へ配置転向されてしまった。
しかし、ここからが秋吉選手の真骨頂で、中継ぎでは面白いように相手打者を打ち取っていき、いつしかチームのセットアッパーに定着。特に6月15日の日本ハム戦から8月12日の広島戦まで、16試合連続で無失点。なんと、約2ヶ月にわたって失点を許さないほど、抜群の安定感だったのだ。
最終的な成績は、61試合3勝4敗5セーブ 防御率2.28で、最初の先発2登板を除く救援のみの成績は、59試合 2勝2敗5セーブ 防御率1.65という驚異的な成績だ。新人王は2桁勝利を挙げた大瀬良選手に奪われてしまった。

リーグ優勝に大きく貢献した2015年

2年目の2015年はさらに安定感を増した投球を見せる。開幕直後の初登板でいきなりの2失点、4月終わりにも2試合連続で失点する場面も見られたが、絶好調迎えた5月26日の日本ハム戦から7月8日の巨人戦までの1ヶ月半は、失点を許さなかった。その後も好調を維持し、8月20日のDeNA戦から10月2日の阪神戦までの1ヶ月半も無失点。
特にチームの優勝がかかった9月に1点も取られなかったというのは、非常に大きいだろう。交流戦で崩れなかったのも、終盤に息切れしなかったのも、この秋吉選手の活躍なくして語れない。
結局、球団新記録となる74試合に登板して6勝1敗22ホールド 防御率2.36という成績を残した。奪三振も76回1/3で81個奪い、クライマックスシリーズでは2試合に登板して無失点。日本シリーズでは初登板した2戦目で1回1/3で2失点だったものの(2奪三振)、4戦目では1回1/3で2奪三振、5戦目でも2回2奪三振の好投を見せ、リベンジを果たす。アマチュア時代からの大舞台の強さは、プロに入っても健在だった。

復活が待ち望まれるヤクルトの絶対的な守護神

3年目となった2016年は、チーム事情によりシーズン中盤からストッパーを努めることとなった。それでも安定感は変わらず、70試合の登板で3勝4敗19セーブ10ホールド 防御率2.19を記録。入団3年目ながら、早くも200試合登板も達成した。これはNPBでも稲尾和久氏に並ぶ記録であり、投手分業制が主流になった近代の野球でも最速の記録である。年棒も1億円を超え、こちらも球団最速タイでの大台突破となった。
そして、2017年シーズンも不動の守護神を務めている。疲労の蓄積からか6月に戦線離脱してしまったものの、交流戦やシーズン終盤など、チームが苦しい時期に強い、とても頼りになる選手だ。短いキャリアながらWBCに選ばれたのも納得である。これから球界屈指の守護神になっていくであろう秋吉選手に、今後も注目していきたい。