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横浜高校時代から圧倒的な存在感を放っていた松坂大輔選手

2017 6/28 09:44cut
野球ボール,ⒸShutterstock.com
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155キロのデビュー戦

松坂選手は、1999年の開幕から高卒新人にもかかわらずローテーションに入り、先発投手陣の一角として計算されていた。その松坂選手のデビュー戦は開幕4戦目にあたる東京ドームでの日本ハムファイターズ戦だ。
大物ルーキーである松坂選手のデビューは、本拠地である西武球場が予想されており、堤義明オーナーも本拠地でのデビューを望んでいた。しかし、東尾修監督は東京ドームでのデビューにこだわったのだ。これは東京ドームのマウンドの方が松坂選手に合っているとの判断からと後に語っている。

松坂選手はそのデビュー戦で8回2失点、被安打5、与四球3、奪三振9の好投を見せデビュー戦を勝利で飾る。このデビュー戦で最も印象に残っているのは、日本ハムの3番打者である片岡篤史選手に対して投じた155キロのストレートだろう。初回2死走者なしで迎えた片岡選手の打席で、カウント1ボールからの2球目に150キロをマーク。
その後、カウント2ボール2ストライクからの5球目に投じた高めのストレートは155キロをマーク。片岡選手を空振り三振に仕留め、場内からひときわ大きいどよめきが起こった。
このデビュー戦で松坂選手は、プロの世界でも通用することを知らしめることに成功したといえる。

メジャーリーグで唯一輝いた2008年シーズン

松坂選手は西武で8年間プレーし、ルーキーイヤーから3年連続で最多勝をマークするなど108勝をマーク。2001年には沢村賞を獲得するなど投手として多くの実績を残し2006年オフにポスティング制度を用い、メジャーリーグ挑戦を目指す。

松坂選手は最高額となる5111万1111ドル11セントを入札したボストン・レッドソックスに入団が決まり、2007年からメジャーリーガーとしてプレーすることになる。メジャーリーグでの松坂選手はケガが続き、8年で56勝と大きく期待外れに終わってしまう。

失敗に終わった大型契約のランキングにも名前が取り上げられるほどの存在となっており、日本時代とは違い実績を残すことはできなかった。しかし、唯一輝いたと言えるのが移籍2年目となる2008年だろう。2007年インワールドチャンピオンになって臨んだ2008年シーズンは、29試合に先発登板を果たし18勝3敗、防御率2.90の成績をマーク。サイヤング賞投票でも4位に入るなど、一定の成績を残したといえた。

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