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日本一のサードはこうして生まれた?松田宣浩が残し続けた成長の跡

2017 6/28 09:44Mimu
野球 グローブ
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2010年ごろから守備が向上し始める

さらに、守備面でも大きな成長を見せた。この年は失策を2008年の半分以下、8個にまで抑えたのだ。出場した試合が少ないということはもちろん影響しているのだが、それ以上に鳥越守備走塁コーチの影響が大きかったという。現役時代は中日・ダイエーで守備職人として活躍した鳥越コーチだが、やはり守備への意識は非常に高いものを持っている。

特に松田選手には、グラブ捌きや足の使い方などではなく、打球が飛んでくる前の準備を大切にするよう指導を行っていった。投球前からある程度打球の方向を予測することで、一歩目が早く出せるようになるというのだ。もともと肩は強いため、追いついてしまいさえすれば、アウトにできる打球は飛躍的に多くなる。そしてこのたった1つの意識を改善するだけで、実際に松田選手の守備はどんどん上達していった。

打撃・守備面で大きく成長した2011年!球界屈指のサードへ

2011年は、さらに松田選手が飛躍していく年となる。この年からは統一球が導入され、ほとんどの選手たちが成績を落とす中、松田選手は絶好調。この統一球では松田選手や西武ライオンズの中村剛也選手のように、ポイントを前に置いて裁くタイプの選手たちは、以前と変わらずに長打を打つことができた。その代償として三振数が多くなってしまうのだが、それでもこの年の松田選手はリーグトップクラスの成績を残す。

初めて144試合フルイニング出場を達成し、.282(525-148) 25本塁打 83打点。盗塁も27個記録した。ホームランは中村剛也選手に次ぐ2位、打点も5位と、パリーグの上位に名を連ねる。4月には自身初のサヨナラホームランも記録し、一時はチームの4番にも抜擢された。

守備でも安定感を見せ、捕殺数(ゴロアウトの数)は三塁手としてはリーグ最多の296個を記録。今まで以上に守備範囲が広がったことを証明した。初のゴールデングラブ賞を獲得し、一躍リーグを代表する三塁手へと駆け上がっていく。

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