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【球史に名を残した偉人達】記録にも記憶にも残る長嶋茂雄選手

2017 5/17 09:55cut
野球ボール,バット
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サヨナラ本塁打を放った天覧試合

長嶋選手を語る上で外せない試合があります。1959年6月25日に後楽園球場で行われた 大阪タイガース(現阪神タイガース)戦です。この試合はプロ野球史上初めて昭和天皇が観戦する天覧試合となりました。
この試合で長嶋選手は4番三塁でスタメン出場し猛打賞の活躍を見せ、今風に言うと「神ってる」本塁打を放ったのです。
試合はシーソーゲームとなり4-4のまま9回裏を迎えます。この回の先頭打者であった長嶋選手は大阪の村山実投手が投じた5球目をフルスイング。左翼のポール際へサヨナラ本塁打を放ったのです。天覧試合でサヨナラ本塁打を決める。やはり長嶋選手は「神ってる」のでしょう。
この本塁打はポール際ということもあり現在でもファールか本塁打か議論が分かれるシーンでもあります。長嶋選手に本塁打を浴びた村山選手は1998年に亡くなっていますが死ぬ間際まで「あれはファールだった」と話していました。
また、この試合では王貞治選手も本塁打を放っており初のアベック本塁打となりました。2人のアベック本塁打はこの天覧試合がスタートだったのです。当時、六大学野球の人気が高かった日本の野球ですが長嶋選手の巨人入団でプロ野球にも人気となり、この試合でさらに人気が高まりました。

数々のタイトルを獲得した長嶋選手の凄さ

長嶋選手は入団初年度となる1958年に打率.305、29本塁打、92打点、37盗塁という記録を達成し打点王、本塁打王、新人王、ベストナインを獲得します。デビューから引退までの17年間全ての年でベストナインを獲得。これはプロ野球史上唯一の記録となっています。
トリプルスリーまであと1本塁打となる29本塁打を達成した長嶋選手ですが、この年には幻の本塁打もあるのです。本塁打っを放った後の一周で一塁ベースを踏み忘れ取り消された1本があったのです。この1本の差でトリプルスリーを逃しました。長嶋選手らしい本塁打取り消しのエピソードでもあります。
圧倒的な成績を残したルーキーイヤーから現役引退までの17年間。長嶋選手は数々のタイトルを獲得します。首位打者6回は右打者としてはプロ野球最多の獲得回数です。また、歴代2位となるMVPを5回獲得しました。歴代1位は王貞治選手の9回です。さすがの長嶋選手もMVP選出回数は王選手に叶わなかったのです。
【長嶋選手の主な獲得タイトル・表彰】
<タイトル>
首位打者:6回
本塁打王:2回
打点王:5回

<表彰>
MVP:5回
ベストナイン17回
ダイヤモンドグラブ賞:2回
新人王:1回

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