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【球史に名を残した偉人達】攻守に渡ってチームを牽引・古田敦也選手

2017 5/17 09:55cut
野球,キャッチャー
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選手会長として

古田選手はグラウンド外でも活躍します。1998年12月にプロ野球選手会5代目会長に就任したのです。古田選手が選手会会長を務めている期間の出来事といえば2004年に起こったプロ野球再編問題でしょう。
この年、近鉄バファローズとオリックス・ブルーウェーブの2球団合併構想が表面化。その状況から12球団を8球団-10球団へ削減し1リーグへと移行する流れが進んでいました。
球団数が減ることでファンの減少、選手たちの出場機会など様々な問題が起こることから古田選手は選手会長として流れを食い止めようとオーナー陣との対話を求めました。
しかし、渡辺恒雄オーナーが「無礼なことをいうな。たかが選手が」というコメントを発し両者の溝は更に深まります。
12球団維持を求めるために交渉をすすめる古田選手ですが話は進みません。そのため、選手会は日本プロ野球初となるストライキが敢行されました。その成果もあり新規球団として東北楽天ゴールデンイーグルスが加入。12球団は維持され2005年以降のプロ野球に繋がったのです。楽天の加入には古田選手の尽力も大きかったのです。
2004年の球界再編騒動を選手会側として正面に立ちオーナー陣と対話を続けてきた古田選手。そのリーダーシップ手腕が高く評価されは2006年から2年間、選手兼任監督を務めました。これは野村監督以来29年ぶりのことでした。
選手兼任監督としては大きな功績を残すことができず2年で退任します。それ以降、古田選手は2017年現在まで現場には戻ってきていません。今後、戻ってくることはあるのでしょうか。今後の去就に注目が集まります。

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