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【球史に名を残した偉人達】甲子園で二刀流の活躍・桑田真澄選手

2017 4/12 20:20cut
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やまびこ打線の池田高校に圧勝

桑田選手にとって初めての甲子園となった1983年夏の選手権大会。この大会の大本命は『やまびこ打線』、そして『阿波の金太郎』こと水野雄仁選手を擁する池田高校(徳島県)だった。
池田高校は1982年夏の選手権大会、1983年春の選抜大会と連覇を果たしており、夏春夏の三連覇を目指していたのだ。順調に勝ち進んだ池田と桑田選手擁するPL学園は、準決勝で対戦することになる。
大方の予想は池田の圧勝だ。「桑田選手、清原選手というスーパー1年生がいるとはいえそこはまだ1年生。池田の経験に及ばない」という声が多く挙がっていた。
しかし、試合が始まるとPL学園打線が水野選手に襲いかかり、試合序盤の2回に4点を奪う猛攻で試合を優位に進める。その後も追加点を奪ったPL学園が7-0で池田に圧勝。3連覇の夢を阻んだのだ。清原選手は4三振と抑え込まれたが、周りのサポート、桑田選手の好投で最強チームを撃破し、決勝に進む。
この試合で桑田選手は池田を5安打、102球で完封。恐るべき一年生投手が現れたと大きく報道もされた。決勝でもその勢いで、Y高こと横浜商業高校(神奈川県)相手に3-0で勝利し、優勝を果たしたのだ。

最後の夏をサヨナラで締めくくる

1年夏の選手権で優勝を飾ったものの2年春、夏と連続準優勝、3年春はベスト4に終わったPL学園。そして、桑田選手にとって最後の夏は記録的な大量得点で幕を開けた。
東海大山形高校(山形県)に29-7と史上最多得点で圧勝。危なげなく決勝まで勝ち進んだPL学園最後の相手は宇部商業高校(山口県)だった。宇部商業は『ミラクル宇部商』と呼ばれるほど劇的な試合が多くPL学園、報徳学園高校(兵庫県)とならび逆転の御三家とも呼ばれている。
PL学園と宇部商業の決勝戦は宇部商業が先制するもPL学園が清原選手の2本塁打などで追いつき3-3のまま試合は9回裏PL学園最後の攻撃を迎えた。
この回、二死から安打、盗塁でチャンスを作ると最後はサヨナラヒットで劇的なサヨナラでの優勝が決まったのだ。桑田選手、清原選手は最後の夏を見事優勝で締めくくる。この試合で桑田選手は20勝を達成した。 かの有名な実況でもある「甲子園は清原のためにあるのか?」もこの試合で生まれている。
桑田選手の甲子園は「ミラクル宇部商」にサヨナラ勝ちで勝利を収める最高の形で幕を閉じた。1983年夏から1985年夏の5季で魅せたPL学園のKKコンビを超えるスーパースターは今後、現れないかもしれない。それほどまでのインパクトを残し甲子園を後にしたのだ。

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