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大舞台でこそ真価を発揮!元ヤクルトのエース・石井一久のすごさ

2017 4/12 20:20Mimu
野球ボール,ⒸShutterstock.com
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97年に発揮された真骨頂

翌93年はプロ初勝利を含む3勝を挙げ、さらに94年には先発・中継ぎとして54試合に登板し、7勝を挙げる活躍を見せる。そして95年には初の規定投球回数到達と2桁勝利を記録。日本シリーズでも第2戦に登板した。96年はケガもあってあまり活躍できなかったが、97年からはいよいよ石井一久さんの真骨頂が発揮される。
この年はシーズン終盤まで横浜ベイスターズと熱戦を繰り広げていた。ヤクルトは開幕から首位をキープしていたものの、8月に入りベイスターズが21勝6敗という驚異的なペースで追い上げてきており、8月の終盤には2.5ゲーム差まで詰められていたのだ。
当時はまだマシンガン打線とは呼ばれていなかったが、石井琢朗さんや鈴木尚典さん、駒田徳広さんにロバート・ローズと、3割打者がずらりと並ぶ打線は破壊力満点。勢いに乗せると怖いチームであることは、当時から変わらなかった。そして、9月2日から敵地の横浜スタジアムで始まる直接対決。この第1戦に石井一久さんが先発として起用されるのだが・・・。

立ち上がりから制球に苦しむもチームメイトが好アシスト!

この試合では立ち上がりから制球に苦しみ、いきなり1番の石井琢朗さんを四球で歩かせてしまう。しかし続く波留敏夫さんの打席では、盗塁を仕掛けてきた石井琢朗さんを女房役の古田敦也さんが見事に刺す。その後も合計で4つもの四球を出してしまうが、その都度うまくダブルプレーにとるなどしてピンチを作らず、相手への得点を許さない。
打線も相手先発の戸叶尚(とかのひさし)さんに苦しんでいたものの、7回に池山隆寛さんのタイムリーや小早川毅彦さんの本塁打などで3得点をあげ、石井一久さんを援護。そしてリードしたまま試合も終盤へと向かう。

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