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カープ不動のリードオフマンへ!田中広輔が2016年に見せた成長

2017 8/17 16:20Mimu
>バッターⒸShutterstock.com
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社会人No.1ショートとしてプロの世界へ

JR東日本でも1年目からショートのレギュラーとして活躍した。都市対抗野球でも.333の打率を残してチームを準優勝に導くとともに、若獅子賞(社会人野球での新人賞)も獲得し、社会人でもその高い実力をいかんなく発揮する。翌2013年の都市対抗野球でもチームの準優勝に貢献し、そして同年のドラフトで広島カープからドラフト3位で指名を受けるのだ。
この時与えられた背番号は63番。2013年シーズンまで丸選手が着用していた番号だ。この年の丸選手は29盗塁で盗塁王のタイトルを獲得し、外野手としてブレイクを果たしていた。そして田中選手も丸選手のようにブレイクしてほしいという意味を込めて、この番号が用意されたそうだ。

ルーキーイヤー後半からレギュラー定着

社会人No.1ショートとしてプロ入りした田中選手だったが、当時広島のショートは梵英心選手が勤めていた。
2013年シーズンは打撃が好調で、規定打席には到達しなかったものの.304(359‐109)という打率を記録。膝に不安を抱えてはいたが、安定した守備も健在で、ルーキーが越えるべき壁としては非常に高かったかと思う。
田中選手も当初はサードを中心に試合に出場していた。4月ごろはなかなか打率が2割を超えず、代打で登場してその後守備に就くという起用法が中心だったが、プロの環境に慣れた6月中旬ごろからは徐々に打率を上げはじめる。特に22日の日本ハム戦で4安打を記録して以降はすっかりサードのレギュラーに定着。そして8月になるころには、梵選手に代わってショートのレギュラーとして起用されるのだ。何人もの選手が挑んできては敗れていった高い壁を、なんとたった4ヶ月ほどで超えていったのだ。
前半戦の打席の少なさが響き、規定打席には到達しなかったが、最終的には110試合で.292 (295?86)、9本塁打、34打点、10盗塁。ルーキーの成績としては上々だろう。なにより梵選手の後釜が見つかったということで、来期以降にも期待の持てるシーズンとなった。

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